SF?ミステリー?青春恋愛もの?さまざまな要素の詰まった作品。視覚や脳についての新しい知見も得られ、とても興味深く読んだ。
主人公は高根沢光輝(こうき)15歳。中学時代いじめにあい、高校は地元の友人たちがほとんど進学しない学校にし、やっとつらいいじめと決別できて、好きな漫画研究会にも所属する。
ところがやがて周囲の級友たちの態度に変化が起き、中学時代を思い起こさせるような日々になる。そしてある日、光輝は何者かに橋から川に落とされて脳を損傷し視力を失ってしまうが、医師の説明に「いや、僕はちゃんと見えている」と本人は納得しない。
アントン症候群という、世界でもまだ数十しか症例のない大変珍しい脳の病気があるのだそうだ。眼の視力はなくなって視覚情報は伝わっていないのに、脳が勝手にそれまでの情報をもとに、まるで見えているかのように錯覚させるのだそうだ。本人が見えていないと自覚するまでに、かなり時間のかかる患者もいるという。
そんな悲劇的な状況なのに、光輝は以前よりむしろ明るく前向きだ。それも脳の損傷のせいらしい。そんな状況に置かれた光輝の身に起きる事件が、3つの短編と1つの中編の物語になっている。
「黄金仮面は笑う」
頭にけがをして病室で寝ている光輝が、夜間何者かに襲われる。犯人は黄金の仮面をつけていた・・・。
「少女は壁に消える」
自宅の光輝の部屋に、病院で知り合った美少女夕(ゆう)が訪ねて来る。楽しい時間を過ごす光輝だったが、やがて彼女は彼の部屋の壁に吸い込まれるように消えしまう・・・。
「世界は夏の朝に終わる」
姉の呼び止める声を振り切って家の外に出てみると、街は滅びていた・・・。
夕の夏休みの課題の小説作りの応援を頼まれ、光輝は『終末のEDEN』という話を生み出す。夕は光輝には才能があるから、二人で組んで小説家になろうと言い出す・・・。
「幽霊はわらべ歌をささやく」
夕の知り合いを通じて紹介された小説家のマンションを、光輝と夕は訪ねる。小説家になるための助言を得るためだったが、そのマンションで夕の知り合いが殺されるという事件が起きる。安楽椅子探偵の光輝は、はたしてこの事件を解決できるのか・・・。ほおおっとうならされる展開の楽しさだ。
両親には捨てられ(経済力のある父親は一応生活費は出している)、5歳違いの姉と二人暮らし。中学ではいじめにあい、やっと新しい環境を得た高校では視力を失うという過酷とも思える人生に置かれた主人公が、怪我で得た楽天的な思考と持ち前の想像力や推理力で、自分に起きる事件に立ち向かっていく姿にはとても励まされる。楽しく読んで気持ちの良い読後感。良い作家を知ることができた。
