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たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

さすがの読み応え『輝く日の宮』丸谷才一著

久しぶりの本のご紹介。なかなか進まなかったコロナ禍中の読書で、やっと4月の3冊目に滑り込んだ『輝く日の宮』。

 

丸谷才一さんが好きで(と言っても評論や随筆が中心で、小説はそれ程読んでいないのだけれど)、この作品が出版された時、新聞の広告を見てすぐ購入したものだ。装画装丁はいつもの和田誠さんだが、源氏物語絵巻を現代風にアレンジしたもので、見慣れた和田さんのイラストとはちょっと雰囲気が違う。

 

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物語の主人公は杉安佐子という文学研究者。いまで言う「アラサー」の美しい日本文学研究者だ。泉鏡花を中心とする十九世紀文学の研究が専門だが、学会やシンポジウムで他の学者と松尾芭蕉の『奥の細道』や『源氏物語』について論じることになる・・・という運びで、芭蕉や源氏など文学についての話がたっぷり語られる。

 

生活史研究の権威というヒロインの父親の周辺も含め、学会内の派閥についての描写も多く、また丸谷氏自身が巻き込まれた経験があるらしい論争については、『源氏』学者の女性とヒロインの、シンポジウムでの論戦の部分が脚本形式で書かれていて、まるでシンポジウムのその場に自分もいるように感じられる。

 

物語の中心をなすのが、その『源氏』の専門家と論戦になった「失われたと思われる『輝く日の宮』という巻」をめぐるミステリーっぽい話と、ヒロインと水を扱う大企業の重役(のちに社長に就任する)長良豊との恋愛模様なのだが、それらの話を、安田火災ゴッホの『ひまわり』を53億円で落札した1987年から、1年ごとに当時の日本や世界の実際の大きなニュースとともにヒロインの周辺を描いていくので、まるで「実在した」杉安佐子のドキュメンタリー番組を見ているような気分になる。

 

知的でお洒落でかつ艶やかな大人の恋が、料理と酒を効果的に配しながら描かれる長良と安佐子の恋と、また「この世は自分のためにあると思う」時の人道長(現在の、「この世は自分のもの」と勘違いしている権力者とは似て非なる大器)と、才媛紫式部の雅な恋が、さらに『源氏物語』の世界とシンクロして語られ、うっとりするような楽しさが味わえる。

 

なんとも重層的な世界が、効果的に響きあい高めあって描かれ、文体も使い分けられて、430ページ余の大作ではあるが、さらにそれ以上の大きな世界と深い味わいを持っている。コロナ禍で気力不足で読むのに時間がかかったのではなく、そもそもこの作品はじっくり味わいながら読むべき物語なのだったと思う。