生活保護費減額取り消し裁判の、名古屋地裁の判決についてのこのニュースを、Yahooニュースが取り上げていた。そこに寄せられたコメントを見ると、「当然だ」「もっと大変な思いをして働いている人もいる」といった意見が多く見られた。
ついでにTwitterに投稿している人も見てみると、こちらは賛否さまざまというか、むしろ筆者に同調する意見の方が多い印象だったので、今更ながらYahooニュースにコメントする層が分かる(ちなみに、例の安倍首相の街頭演説をやじった市民を逮捕した北海道警察が、裁判でその逮捕の正当性を主張するために証拠として提出したのがこの「ヤフコメ」だった)。
どうして社会のセーフティネットである生活保護費を引き上げて、それに合わせて、社会全体が健康で文化的な生活(労働時間なども含め)をおくれる方向に行かず、弱者が弱者の足を引っ張る方に行ってしまうのだろう。
いま自分は生活保護の対象でないとしても、次の瞬間事故に遭って働けない体になってしまうかも知れないし、数か月先に病気で長期の入院ということになってしまうかも知れない。それでなくても、誰でもいずれ人は年を取る。その時に、心配なく暮らせるだけの年金がもらえる保証は、今の日本ではあまりない。
もちろん、どこまでも自分は生活保護の受給者にはならないという考えであっても、それでも、それを頼りに生きるしかない人を思いやり応援できる人であってほしい。しかし悲しいことに人間は、自分に余裕がないとなかなか他人に優しくはなれない。
だからといって、生活保護費と実際に働いている人の収入にあまり差がないとしたら、それは生活保護費が高すぎるのではなく、絶対に労働対価が低すぎるのだ。正当な賃金を要求することが困難な道だからと行って、手っ取り早く弱者を叩いて留飲を下げるのは間違っている。
世の中には、政府からの仕事を右から左に動かすだけで何億、何十億ものお金を儲けたり、税金を使って票を買い国会議員になったりしているようなやからがたくさんいるのだから、その怒りのエネルギーを、ぜひぜひそうした人達に向けて欲しい。

叩き合うよりは、助け合おうよ!