あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

こういうミステリーもあったか!『千年の黙(しじま)』森谷明子著

第13回鮎川哲也賞受賞作。源氏物語の作者藤式部(『源氏物語』が世の中に流布するにつれ紫式部と呼ばれるようになった。本作中では「前式部丞の息女」とか「藤式部」と呼ばれている)を主人公に、彼女に仕える女童「あてき(成人すると小少将)」を狂言回しにして物語は進む。

 

前半は中宮の可愛がっていた猫がいなくなった話で、この事件を主人公が怜悧な頭脳と鋭い観察力で推理を働かせて解決に導く。後半はいよいよ『源氏物語』の失われた巻「かかやく日の宮」のミステリーに迫る。

 

子供時代のあてきと、彼女が恋心を抱く相手の「岩丸」が魅力的だ。互いに気になりながら素直になれない、初々しいふたりの描写が楽しい。

 

源氏物語の失われた巻の話になると、一気に大人の世界に転調する。この作品では、紫式部は「かかやく日の宮」を確かに書いたのだけれど、なぜか世の中にはそれが欠落した写本が流れてしまったという設定になっている。世の多くの人に切望され、左大臣にもせかされ式部は物語を書き進めるが、自分にとっては非常に重要だった巻の消失にはずっととらわれ、なぜ失われなければいけなかったのか追究していく。

 

源氏物語』の世界と、それを書いていた紫式部の生きる実際の平安時代とをからませながら、上質のミステリーになっている。この本が出版された2003年には、丸谷才一さんも『輝く日の宮』を出版している。

 

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ちょうど同じころに同じテーマで、新人と大御所が書いていたのは、偶然なのだろうが興味深い。大御所のほうが4か月先に出版になったことを、新人の著者はどう受け止めたのだろう。あいにく私は、まったくこちらの作品についての記事を当時目にした記憶がないけれども。

 

それにしても『源氏物語』という物語のすごさをまたしても思い知る。これほどの作品をものした紫式部という女性、バーチャルのインタビュー映像なんてできないだろうか。いや、それとも謎に包まれたままの方が良いか・・・。

 

 

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