あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

疑うことを知らなかったのか、ただ愚かだったのか

午前中、用事があって郵便局へ出かけた。途中、パトカーとも救急車とも違うが、なにか緊張感を呼び起こすサイレンの音が聞こえて、先日のスマホ地震速報を思い出しびくっとした。

 

熱中症への注意を喚起するため、救急車や消防車を使って巡回しているらしい。まったく、連日の暴力的ともいえる暑さである。私が子供の頃は、もちろん日中の暑さもこれほどではなかったように思うが、夕方になると家の前に縁台など出して、近所の人と涼をとったりしたものだ。

 

車社会になって、道路がもうそんなメルヘンの世界ではなくなってしまって久しいが、この何十年か熱帯夜も当たり前になってしまい、夕方になったからと言って、ほっとできるということもない。

 

 

昨日の墓参の帰り、霊園の最寄りのバス停からバスに乗り豊橋駅に向かったのだが、途中小さな交番の前を通る。この交番を見るたび、50年以上昔の中学生の時の出来事を思い出す。私はすっかり年を取ってしまったが、交番のたたずまいは、あの頃とあまり変わらないような気がする。

 

夏休みの宿題の中に、何枚かの絵を描くことがあった。ドリルや読書感想文はさっさとやってしまうのだけれど、絵とか工作とかはたいてい残る。それで、仲良しの友人何人かと約束して、霊園に隣接する公園に写生に出かけた。大きな画板や絵の具や水入れと荷物が多いので、一か所に荷物を置いて描く場所を探そうということになった。

 

呑気におしゃべりしながら場所を探し、各々決めて荷物を置いた場所に戻ると、何だか様子が変わっている。バッグの中の財布がない。全員が被害に遭っていた。それで、一番近い、バス通りにある交番に皆で駆け込んだのだ。おまわりさんが話を聞いてくれて、被害届も書いたと思うが、もちろんお金など出てくるはずもない。

 

中学生のお小遣いだから金額はたかが知れているが、いまだに忘れられないのは、その時の財布が、友人にプレゼントされたお気に入りのものだったからだ。象などの動物がデザインされたインド製のレザークラフトのもので、だいぶ手に馴染んで、皮のつやも良くなってきていた。非常に残念で、自分の警戒心のなさに悔しい思いをして、この時以来私は注意深くなった(ただしこういうことにのみで、他の面では相変わらず注意力不足だが)ように思う。

 

無人でお財布入りのバッグが放置されていれば、どうぞお取りくださいというようなものだと思うのだけれど、この時誰一人「不用心じゃない?」と言う者がいなかったのは、やはり若さゆえの純真さか、あるいはたんに世間知らずで愚かだったのだろうか。

 

大人になるということは、疑り深くなる、ことでもある。

 

 

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ネットで見つけた似たコインケース。私のものは下のほうが丸くなっていた。