あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

血を吐くようなパイオニアの姿を描く『緋の河』桜木紫乃著

ホテルローヤル』で直木賞を受賞した桜木紫乃さんが、同じ釧路市出身のカルーセル麻紀さんをモデルにして書いた長編小説。2017年から2019年に新聞5紙に連載された作品だそうだ。

 

いまLGBT問題が非常にクローズアップされているけれど、1942年生まれのカルーセル麻紀さんが自身の性について自覚したころの社会は、さぞかしこうした人達にとって生きにくい時代だったことだろう。現代ですら、まだ足立区の区議会議員のような差別的な考えの人が珍しくない。

 

女の子以上に可愛くてもあまり問題のなかった幼少期から、多感な少年期、学校や親に反発し高校を辞めて家を飛び出す青年期、札幌・東京・大阪と尊敬するゲイボーイの先輩を追いながら、自身も唯一無二の存在になっていくまでを描く。

 

厳格な父とその父親にそっくりな価値観を持ちしかも成績優秀な兄と、夫に貞淑に使える辛抱強い母と、これまたその母親にそっくりで優秀な姉。弟妹もいて生活は苦しい。新聞配達のアルバイトをしながら、何とかお金をためて宝物にしている宝石箱に、自分の好きな美しいものを入れたいと夢見る主人公の秀男だ。

 

学校では級友たちに蔑まれいじめられるが、みなしごで親戚の家の世話になっている文次という体格の良い無口な少年が何かとかばってくれる。居場所のない学校で、文次だけが秀男のよりどころだが、彼は相撲部屋のスカウトを受け、中学卒業と同時に東京に去ってしまう。

 

高校では本好きの風変わりな女友達や演劇と出会い、一時期そこに居場所を見つけるが、それも長続きはせず、問題を起こして学校からはみ出し、父親の怒りを買い、最初の家出はあえなく連れ戻されるが、二度目の家出から秀男のゲイボーイとしての修行の人生が始まる。

 

 

テレビで華々しく活躍していたカルーセル麻紀さんはよく覚えているが、こうした大変な時代を乗り越えて、自分の居場所を作り、地位を築き、そして現在に至る後輩たちの道を切り開いたのかと思う。たまたまそのように生まれついたために、どれほどのいばらの道だったろうと思う。今のような知識も情報もなく、先を行く人の姿もはっきりとは見えにくい時代だったのだ。

 

秀男の才能を見抜き、プロフェッショナルな芸の大切さを説き、それを守るためのストイックな生き方を見せる、ゲイボーイの先輩マヤが非常に魅力的だ。彼の周りに群がる客たちも、やはり一流の仕事をしていると思われる本物の男は、金だけではない大切なものを秀男に教える。生来の頑固さに勝気と才気の武器もあるが、素晴らしい人との出会いもあって、秀男は自分の夢に近づいていく・・・。

 

カルーセル麻紀さんという存在にインスピレーションを得て、かなりの部分は創作した物語だと思うが、ゲイボーイ・ゲイバーという特殊な世界を舞台にしながら、どんな困難に出遭っても自分らしさを曲げず、「この世にないもの」を目指していく主人公の強さが、下品さや猥雑さを感じさせない、清々しい物語にしていると感じた。

 

 

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