あとは野となれ山となれ

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「私」を見失ったような寂しさ

昨日は少々心細いことを書いてしまった。お天気屋の私には珍しいことでもないけれど。

 

夜になってふと、その気持ちの一端にあるものに気付いた。現在読んでいる『太宰治の辞書』だ。高村薫さんの人気の『円紫さんと私シリーズ』で、1998年の『朝霧』以来17年ぶりに出版された同シリーズの最新の作品だ。

 

きっと出版の都度リアルタイムで読んできた読者なら、思いがけず17年ぶりに再会できた「私」に嬉しさもひとしおという気持ちで読めたのだろうが、なにせ私は6冊同時に手に入れて一気読みしている。『朝霧』でやっと大学を卒業してみさき書房の社員となった「私」が、本作では物語の中でもほぼ同じ時間が経過して、いきなり、野球部に入っている中学生の男の子を持つ母親で、中年の落ち着いた編集者になってしまっている。

 

読んでいる私には今までの「私」が感じられず、なんだか親友を見失ったような寂しさを覚える。そのためなかなか先に進むことができず、読書にまで熱意がなくなったという思いにとらわれていた。前回読んだときは、シリーズものと知らずに読んだので、こんな違和感を感じることもなかったのだろう。

 

yonnbaba.hatenablog.com

 

あらためて以前のブログを読み返してみたら、主人公の「私」のキャラクターに対する物足りなさに言及していた。やはり少々落ち着いた大人になりすぎてしまったか。シリーズを最初からリアルタイムで追いかけて読んだ読者には、納得の変化なのだろうか。私もこの作品はいったん置き、もう少し時間をおいて再読してみようかと思う。

 

 

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一気に大人に・・・。