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朝から落ち込む我がウッカリ!『成熟脳』に励まされるも・・・

第一日曜日の今朝は町内の清掃日だった。そのあと今日は昨年から加わっているNPO法人の集まりがある。通知が来た時から、この日の午前中は忙しいなと思いながら出席の返事をし、足のない私のために理事長が途中のポイントでピックアップしてくれることも決まっていた。

 

それなのに、ああ、それなのに!である。約束の時間を5分過ぎたころ電話をもらってしまった。すっかり忘れて、まだ掃除に参加した服装のまま家にいた。平身低頭、私は欠席ということにしていただいたが、私が待ちぼうけを食わせたため、理事長を遅刻させてしまう結果になった。申し訳なくて消え入りたい。

 

最近、自分の脳が非常に頼りなく感じることが多く心細い。本を読んでも恐ろしいほど内容が抜けてしまう。それで、黒川伊保子氏の『成熟脳』という本を読んだりもした。副題で「脳の本番は56歳から始まる」とあって、物忘れが始まるのは、究極の直感力に到達するため「今、生きるのに直接必要ない」とおぼしき回路の優先順位を下げていくためで、「物忘れは老化でなく、進化である」と、なんとも頼もしい励ましをいただいた。

 

脳を装置として見立てると、56歳で出力性能最大期を迎えるのだそうだ。28歳まで優秀な入力装置として働き、28歳から出力の力を発揮し始め、経験(特に失敗の経験は脳の大好物とか)を加えて出力性能のピークを迎え、ここから84歳までが「ヒトの脳が最も使える時期」に当たると嬉しい論理が展開されるが、これはやはり常に使い続けての話だろう。

 

365連休に入ってまもなく丸8年になろうとしている。本やインターネットの情報を読み、社会活動に参加してはいるが、おそらく脳は現役時代のような緊張感はない。その証拠に、現役時代にはたびたび起きていた頭痛もなくなったし、週末に微熱が出るというようなこともない。

 

たとえなんらかの原因の病的な認知症が起きていないにしても、脳は高性能であるがゆえに、楽な環境になればすぐ順応し、手抜きを始めることだろう。現在の私の脳のMRIを撮ったら、だいぶ萎縮が始まっているのではないだろうか。

 

この1年、各種ボランティアの活動や地域の役目で参加する行事も非常に少なかった。自発的に何かをするほうではない私にとって、これは大きな影響を及ぼし、脳への刺激はそれまでの7年以上に極端に少なかったことだろう。

 

子や孫と会って話すという楽しい時間もほとんどなかった。ジパング倶楽部の更新の通知が来たが、この1年は結局一度もこの権利を利用する機会もなかった。更新はするつもりだけれど、今年度もどうなるかわからない。

 

まだ人生がせいぜい十数年とか二十数年という若い人たちにとって、この1年の重みは高齢者の比ではないと思う。特に昨年高校生活最後の年を過ごした子たちや、初めての大学生活を迎えた子たちは気の毒だった。

 

それを思うと、私のような高齢者にとっての1年は、去年の1年も来年の1年もさして違いのない1年である。けれども、脳への影響ということを考えると、もしかしたら自分で思っている以上に大きいのかもしれない。

 

頼りないモヤモヤとした私の脳。自信がないからと役目を降りてしまったら、ますます刺激も緊張感もなくなって、認知症の坂を転げ落ちることになるのだろうか・・・。

 

 

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