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押しつぶされる者たちの叫び『東京ホロウアウト』福田和代著

コロナの影響を受けず、予定通り昨年東京オリンピックが開催されていたら、どんな読書になったのだろう。物語は2020年、オリンピックの開会式まで10日を切った東京で、ある新聞社に1本の電話が入ることから始まる。

 

電話の声は、「開会式の日、都内を走るトラックの荷台で青酸ガスを発生させるから、その日走るトラックには注意しといて」と告げる。タチの悪いいたずらかと思われたが、やがて一人の宅配便ドライバーがシアン化化合物による中毒症状で配達中に倒れる。積み荷の中の一つの段ボール箱に、化合物を発生させる装置が仕掛けられていた。

 

その事件を皮切りに、やがて鉄道の線路が破壊され、高速道路ではトンネル火災が起こされる。あちこちで交通が分断され、首都圏に食料品は届かず、コンビニやスーパーの食料品の棚はカラになり、倉庫の在庫も尽きる。一人の男が警察に自首するものの、事態はどんどん悪化し、ゴミは回収されないまま溜まり続け、多くの観光客がひしめく東京は陸の孤島になろうとする。

 

とうてい一人や二人で起こせる事件ではない。オリンピックを無事に開催するためにも、警察は国の威信をかけて必死に捜査するが、なかなか犯人たちの真意さえつかめず翻弄される。

 

青酸ガスを発生させたと警察に自首した犯人をテレビのニュースで見て、長距離トラックの運転手世良隆司は驚く。なんと親しい運転手仲間の浜口だったのだ。温厚で到底そのような犯罪を起こせる人とは思えなかった。

 

しだいに、この事件には2年ほど前にあった違法産廃処理事件が関係しているらしいことが分かる。その事件の被告の産廃処理会社の社長は浜口の息子であり、裁判中に自殺していた。

 

浜口の抱いていた苦しみを知りたいのと、漁師や農業者の努力の賜物の魚や野菜を消費地に届けられずむざむざゴミとしてしまうのは、トラック運転手として我慢ならず、世良たち運転手仲間が積み重ねた経験や知恵を結集し、大渋滞と混乱のなか東京に荷物を届けるべく奔走し、同時に異常事態の真相にも迫っていく。新しいトラックドライバーヒーローの誕生の物語でもあった。

 

現実には感染症の蔓延でオリンピックは1年延期となり、さらにその「2020+1」の開催さえ怪しくなっていて、著者の思いとはだいぶ状況が変わってしまったが、作中の異常事態とこの現実がリンクして、不思議な現実味さえ感じながらスリリングに読み終えた。

 

その気になりさえすれば、たやすくテロが起こせてしまいそうなこの時代に、オリンピックという超巨大な事業を行おうとすることが、いかに無謀なことかとあらためて痛感した。すでに開催国の負担は重くなりすぎ、やはり、オリンピックというものの存続自体を、世界中で真剣に議論すべき時ではないのかと思う。

 

そしてオリンピックだけでなく、東京を便利で美しい巨大都市として存在させるために、そこが必要とするものを、人間の生理的に必要とする時間まで削って必死に届ける人々の努力や、そこが排出した不必要なものを押し付けられ、押しつぶされていく人々の悲しみを突き付けられた。

 

昨年来の政府や東京都の場当たり的でどたばたな危機対応を見るにつけても、巨大都市東京は意外にもろいのではないかと思う。一時期東京一極集中の解消が叫ばれたが、いつのまにかあまりその声も聞かれなくなった。今回のコロナ禍でリモートワークを導入し、オフィスを地方に移転した会社もあるように、これは東京集中を改めるチャンスかもしれない。

 

巨大都市東京を解体し、世界の中で、現在の日本の身の丈に合った役割を分担し、なるべくエネルギーも含めた地産地消に務め、人間的な時間軸でゆったりとだれもが日々幸せを実感しながら暮らせる社会に方向転換することは、夢物語なのだろうか。

 

 

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