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着想の面白さと純愛『二重誘拐』井上一馬著

初読みの著者。翻訳とエッセイが中心で、小説は本作を含め2、3作しかないようだ。翻訳の文章はどうなのか分からないが、この小説の文体は癖もなく平易で、悪く言えば平凡かもしれない。

 

『二重誘拐』というのが、どういうことだろうという興味で手にした。その実体があまりに想像を超えたもので、むしろ妙に筆力のある作家だと内容が苦しくなりすぎる恐れがあるので、この淡々としたような文体で救われたのかもしれない。

 

若い女性が誘拐されて失踪し、2、3年すると家に戻されるという事件が続く。続いているのだけれども、その都度県が違うため同一犯の仕業とすら把握されず、また身代金の要求などもなく、被害者は家に帰ってくるということもあって、多くの事件が未解決のままになっている。

 

警察庁の特別広域捜査課の紀虎鉄平刑事はその「帰ってきた失踪者」に着目し、事件の性質上、警察の事情聴取にもあまり協力的ではない被害者やその家族に根気強く接触し、犯人逮捕に執念を燃やす。

 

物語の中心的な被害者となる弘田千恵は、高校3年生の秋に失踪する。中学からの交際相手である鍋島秀明とけんかをして、一人川べりに残された後、足取りが分からなくなった。秀明は責任を感じ、何年も情報を求めるビラを街中で配り続ける。

 

ミステリーとしては今一つ物足りないかもしれないが、犯罪を憎んで執念深く犯人を追い詰め、被害者やその家族への配慮も忘れない紀虎刑事の人間味と、被害者カップルの千恵と秀明の純愛がこの作品の醍醐味だろう。

 

犯罪は確かに卑劣で胸が悪くなるようなものだが、しかし、犯人像はプロローグで描かれているような悪魔の化身と言うほどのものではなく、たんに身勝手な小心者のように感じた。

 

そして、現代社会がこうした犯罪者を生んでしまう危険性を持っていると訴えたかった著者の気持ちは分かるけれど、「非モテ」を安易にこうしたイメージに結び付けることで、もしかするとまた新たな先入観や差別を生む恐れもあるかもしれない。

 

読後感は爽やかだけれど、人と人が愛や信頼によってつながる、単純で幸福な人間関係が、何と結びにくい世の中になってしまったことよ、と思う。

 

 

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今日の日本語教室で作った、インターナショナルフェスティバル展示用のパネル。