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乙女の探求と浪漫『鷺と雪』北村薫著

市民館の図書室に未読の北村薫さんの作品を見つければ、どうしたって借りてしまう。先日、『鷺と雪』を見つけ、いそいそと借りてきた。

 

時は昭和初期。まだ伯爵だの子爵だのといった階級が存在した時代の物語だ。主人公はそうした華族や皇族の学友を持つ良家の子女、花村英子。彼女が出合う事件や謎を解決するのに、抜群の推理力で手助けするのは、彼女の車フォードの専任運転手別宮(べっく)みつ子さん、愛称ベッキーさんである。

 

この二人が活躍するシリーズは三部作だそうで、この作品はその最終作で、直木賞を受賞した作品であるらしい。先の二作未読で、北村ファンと言うのもおこがましいけれど、いきなりこの作品を読んでも十分に楽しめた。

 

「不在の父」「獅子と地下鉄」「鷺と雪」の三篇からなる。

 

「不在の父」は、東京駅の裏で川底をさらっていたルンペン3人が真鍮の塊を見つけ警察に届けたが、拾得物の書類を作るのに住所がなく、1年後の権利のために彼らが一計を案じたというニュースをヒロインが兄にする。それを聞いた兄は、浅草の暗黒街を歩くルンペンの中に、ヒロインの学友である桐原侯爵令嬢の親戚にあたる、滝沢子爵に似た人を見かけたと打ち明ける。確かに滝沢子爵は何か月か前に、神隠しにあったかのように失踪して不在なのだった・・・。

 

「獅子と地下鉄」は、室町の老舗和菓子店の中学受験をする息子が、夜の9時過ぎに上野の美術館のあたりで補導される。いかにも老舗の跡取りらしいおっとりした坊やで、問題もなかろうと放免にはなるのだが、心配な母親は息子の日記を盗み読み、そこに書かれた「ライオン、浅草、上野」という言葉を不思議に思い、子供の年齢にも近く、以前にも難しい事件を解いたという英子に相談に来る・・・。

 

「鷺と雪」では、銀座の能面展に出かけた英子が、そこで小松子爵家の令嬢で楚々とした美人の学友千枝子が卒倒する場面に出くわす。《今若》の面の前だった。その千枝子が修学旅行先で英子に自分のカメラに写っていた謎の写真について相談してくる。仕事で台湾にいるはずの婚約者が、日本で撮った写真に写っていたというのだ。

 

この謎を解明する話に、さらに二・二六事件の日の、ヒロインと思い人の間に起きた不思議な出来事を絡めて、この表題作は三作の中でもひときわ印象的でロマンチックな物語になっている。

 

 

現実世界の皇族には特に興味もないけれど、物語の舞台としてはこの貴族や華族の存在した時代というのは、私にとってなぜか大変に魅力的だ。十代の頃、やはり皇太子妃の候補と噂される友のいる学園を舞台にした、森村桂さんの青春もの(『おいで、初恋』や『ビジョとシコメ』など)を楽しく読んだ思い出がある。

 

若い女性が「乙女」であった古き良き時代だと思うけれど、妙齢でありながら、「ヤバッ!」だの「でかっ!」だのと平気で言ってしまう現代の女性たちには、もう「ごきげんよう・・・」のこの優雅な世界の雰囲気も魅力も、意味をなさないものかもしれない。

 

優雅な世界と文学の香りと、実際にあった事件や当時の東京の地理・建物などが絡み合って、うっとりする読書の時間を楽しんだ。当時の教文館だの冨士アイスだのを覚えている方なら、さらにたまらないことだろう。

 

 

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