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また山に登りたくなる『春を背負って』笹本稜平著

この著者のことを、警察官や探偵が主人公のミステリーを得意とする作家だと思っていたが、結構スケールの大きな冒険ものも書いているようで、本作品は、冒険まではいかないが、その範疇に入る作品だ。2014年に松山ケンイチ主演で映画化もされているらしい。

 

舞台は甲武信ヶ岳国師ヶ岳金峰山などを中心とする奥秩父の山岳。山好きが高じて脱サラし、奥秩父に道を開き、山小屋を作って後半生を山にささげた父親の跡を継いで、主人公長峰亨も電子機器メーカーの技術職を辞めてその小屋を守っている。

 

慣れない山小屋の仕事に孤軍奮闘する中、ふらりと現れたゴロさんに手伝ってもらうようになるが、ゴロさんは山小屋を閉める冬の間は東京でホームレス生活をするという不思議な人だ。

 

もともとは「オール讀物」にバラバラに掲載された短編を連作仕立てにして単行本化されたもので、「春を背負って」「花泥棒」「野晒し」「小屋仕舞い」「擬似好天」「荷揚げ日和」の6つの短編が収録されている。

 

最初の話で亨が小屋を継ぐまでの経緯や、ゴロさんの紹介と、その特異な身の上に降りかかる事件などを描き、そのあと各話ごとに新たな人物が登場し、様々な事故や事件と亨やゴロさんとの交流が描かれていく。

 

その登場人物の中には若い女性もいて、主人公との間にふんわりとしたものが育つかと思わせるが、後半で思いもかけない事件が発生し、ありきたりな青春小説に終わらない心地よい裏切られ感も良かった。

 

生死のかかる緊張した場面もあるが、なんと言っても、春・夏・秋の山の描写が美しく、また山に登ってみたいという気持ちがかき立てられた。40代の半ば過ぎ頃、付き合っていた人の影響で、一時期少々登山をした。

 

子育て中に子供の付き添いで山に登ることが何度かあったが、それはやむを得ずすることであって、なぜすき好んで登山などするのか理解できなかった。それが、ちゃんと良い登山靴を履き装備を整えての登山を経験し、山登りの面白さに開眼した。けれども、一人でも登るまでには至らず、長いことしまっていた登山靴は劣化して廃棄の運命をたどり、すっかり山とは縁が切れてしまった。

 

この爽やかな山岳小説は、そんな私の心を再び山に向かわせるものだった。だからと言って、出不精の私が果たして実際にまた登山を始めるかは、大いに疑問であるけれども・・・。