あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

浮世絵から紡いだ物語『しのぶ恋』諸田玲子著

表紙カバーに7つの浮世絵。安藤広重「目黒太鼓橋夕陽の岡」、歌川国政「五代目市川團十郎の暫」、歌川国貞「集女八景 粛湘夜雨」、鈴木晴信「縁先物語」、葛飾北斎「百物語 さらやしき」、喜多川歌麿「深く忍恋」、東洲斎写楽「二世市川高麗蔵の亀屋忠兵衛と中山富三郎の梅川」。

 

副題に「浮世七景」とあるように、これらの絵をもとに、著者は7つの物語を紡ぎ出した。

 

太鼓橋雪景色

十六歳の娘澄江の婚礼も決まった「ひわ」は、桜田御門で井伊大老を襲ったのが水戸の藩士かもしれぬとの夫の話に、自分が娘と同じくらいの年ごろに出会った神谷鉄次郎を思い出す。陸奥仙台の武士でありながら、なぜか江戸で世話になっていたのが水戸藩士のもとであったのだ。互いに思い合っていながらそれぞれの道を歩むことになった二人。20年の時を経て真実が分かるが・・・。

 

暫の闇

絵師の甚助は、芝居が好きで芝居の絵ばかり描いているが、そんな彼も呆れるほど芝居に入れ込んでいる、「半道」と呼ばれる与太者と知り合う。ただただ芝居を見たいがために、使い走りのような仕事をしてその日その日を暮らす半道は、やがて日頃の行いのせいもあり、濡れ衣で捕縛される。周囲の尽力で死罪は免れるが、流刑となる。どうしようもない奴と思いながら見捨てきれず半道のために力を尽くし、自らの生き方まで変えていく、甚助の情が胸を熱くする。

 

夜雨

「おしお」の亭主は腕の良い擬宝珠(ぎぼし)職人だったが、橋の欄干から落ちて足を痛め、今は器用な手先を生かして版木屋からの版木彫りの貰い仕事で糊口をしのいでいる。仕事熱心過ぎるほど仕事一筋の夫に、ありがたいと思いながらも少々物足りないおしおは、ある日長屋に越してきた傘張り浪人に心が揺らぐ。たった一つの破れ傘を直してもらったり、総菜を届けたり、口実を作っては浪人のもとに通い浄瑠璃のような物語を夢想する。やがて彼らの暮らす近辺で辻斬りが続き、おしおもある夜、命も凍る思いをするのだが・・・。

 

仕事好きな夫で問題がないゆえに倦怠期を感じている妻の心の揺らぎには、共感を覚える女性も少なくないだろう。読み終えてほのぼのと夫婦の良さを思う。佳作ぞろいのなかの、私の一押し。

 

他に、見目麗しい若侍と大店の寮で暮らす娘と若い乳母の三角関係を描いた「縁先物語」、絵師鉄蔵(北斎と思われる)の番町皿屋敷のお菊を描く執念を、ちょっとぞくっとする話に仕立てた「さらやしき」。

 

高尾太夫の生まれ変わりと騒がれる船宿の女将「おりき」は、若い頃の思い人に10年の時を経て巡り会う。当時の事情も相手の思いも知るが、運命に流され時々に名前さえ変えて生きてきた彼女の選択を描いた「深く忍恋」。

 

そして最後の「梅川忠兵衛」は、近松門左衛門の『冥途の飛脚』で有名になり大人気という遊女梅川の話を朋輩から聞き、パッとしない自分も同じようにすれば売れっ子になれるかと、自分に熱を上げる男をそそのかす、ちょっとおめでたくて可愛い痩せの大食いの女郎小梅の、くすっと笑ってしまう面白い話だ。

 

しっとりしたものから涙するもの、そしてぞっとするものやら笑ってしまうものまで、変化に富んだ物語が楽しめる。