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罪は罪なのだけれど・・・『祈りの幕が下りる時』東野圭吾著

東野圭吾さんの加賀恭一郎シリーズ10作目の作品で、ずっと謎だった彼の母親が家を出た理由もついに明らかになり、加賀が日本橋署に移った理由など、今回の事件とともに、これまでのさまざまな疑問が解明される。

 

読んでいる途中でなんだか覚えのある部分があり、以前に読んだ作品か?と思ったが、そうではなく、2018年に公開された映画のテレビ放送時に観た記憶だった。幸か不幸かシーンやキーワードに断片的な記憶があるのみで、ストーリーも犯人もきれいに消え去っているため、初読同然に楽しめた。

 

物語りは25年以上前の、加賀の母親が12歳の息子を置いて家を出て間もなくの頃の仙台でスタートする。自分は妻にも母にもなる資格がなかったというその女性田島百合子(加賀の母)の、厳しすぎるとも思える質素な生活と、唯一彼女が心を許したと思える男性綿部俊一のことが、百合子をスナック「セブン」を任せるために雇った、宮本康代の視点で語られる。

 

まるで自分を罰しているかのような16年ほどの孤独な生活ののち、誰に看取られることもなく死んだ百合子を発見した康代は、かつて綿部から彼女には息子が一人いることを聞いていたので、その息子が遺骨を引き取ってくれることに一縷の望みをつなぐ。

 

綿部もこみいった事情を抱えた人間らしいが、なんとか息子の住所は突き止め、康代に知らせてくれる。こうして康代から連絡を受けた加賀は母の遺骨を受け取りに仙台に出向き、生前の母の暮らしの一部を康代から聞くことになる。

 

それからまた10年ほどの時が流れた東京で1つの事件が起きる。小菅のアパートで女性の遺体が見つかるのだが、部屋の借主は行方不明で、女性との接点も全くない。数日の違いで、新小岩の河川敷でホームレスの焼死事件が発生。なんのつながりもないと思える2つの事件だったが、加賀の従弟の松宮刑事はその2つになぜか関連を感じる。

 

別々と思われた2つの事件が、調べを進めるうちキーワード(日本橋にある12の橋の名前)や人物に関連が見つかり、捜査本部には加賀も加わり、犯人追及と同時に、自身の母の心情や、心を通わせた綿部という男性の壮絶な人生も明らかになっていく・・・。

 

母と息子、父と娘、二組の親子の愛が、物語の大きなテーマになっている。2つの事件の陰にさらに2人の人間が殺されていて、その殺された人間がたとえどんな人だったとしても、突然人生を断ち切ってしまう理不尽さはやはり断罪されなければならないと思うが、それにしてもここで描かれる犯罪はあまりにせつない。

 

2つの事件の鍵となる人物に、元女優で現在は舞台演出家の角倉博美という女性がいる。かつて演出上の必要から、出演する少年たちの剣道の指導を加賀に頼んだ縁で加賀とも知り合いだった。その博美が初めて明治座という大きな劇場で自作の芝居を打つのだが、演目は『異聞・曾根崎心中』。事件の真相の一つをこの芝居に絡めたあたりも非常に味わい深い。

 

また原発で働く人の不安定で非人間的な立場などもうまく事件の背景に織り込み、どこまでも弱い立場の人に寄り添った物語になっている。

 

加賀恭一郎のシリーズ、原作を読んだのは10作のうち数点だが、どれも読みごたえがあった。もうシリーズはこれで完結なのかもしれないが、読んでいない作品も多いので、これからさかのぼってさらに読んでみようと思う。