前回ご紹介した『お探し物は図書室まで』の第五話に登場したのは、会社を定年退職した六十五歳の権野正雄だ。42年間ただただ会社の仕事だけを忠実にしてきた正雄は、趣味と言えるものもなく、何かやってみたいと思っていることもなかった。
そんな正雄が妻に囲碁でも始めてみたらと勧められてコミュニティハウスにおもむき、囲碁の入門書を求めて図書室に足を踏み入れる。そこで「神社で飾られる巨大な鏡餅」のような小町さゆりさんに出会い言葉を交わす中で、「残りの人生が、意味のないものに思えてね」と心のうちを明かす。
と、小町さんから返った言葉は、「たとえば十二個入りのハニードームを十個食べたとして、そのとき、箱の中にある二つは『残りもの』なんでしょうか」だった。ハニードームというのは、この作品で小町さゆりさんとともに全編を通して登場する、世の老若男女に愛される老舗洋菓子店のソフトクッキーである。
このたとえは秀逸だ。しかも言われた正雄にとってハニードームは単なるちまたの菓子の一つではなかったのだから、さらに心に響いたことだろう。
学問は中途半端になって仕事もうまくいかず、親がカルト宗教にはまって家庭は破綻。四十代にして前途を「残りの人生」と捨て鉢にならざるを得ない心境はいかばかりのものか・・・。
しかもそうしたことを引き起こす大きな原因の一つになり、重い責任があるはずの人々は、国の中枢を占め、市井のあちこちにこうした悲劇が繰り広げられていることなど見ぬふりで、高らかに大笑いしているのだ。今の世では、多くの場合、こうした連中は、棺桶に片足突っ込むまで現役で甘い汁を吸い続け、彼らに「残りの人生」などという概念はないことだろう。
思考停止も寝たふりもお人よしもいいかげんにして、みんなで力を合わせて、醜い浮世の鬼を、桃太郎侍のように退治する時ではないだろうか。
小町さん、今、日本中の人々に「桃」の羊毛フェルトが必要かもしれません!
出番かにゃ・・・。 (Pouchさんのサイトよりお借りしました)