あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

この醜い時世に救い『あずかりやさん』大山淳子著

たしかカメキチさん(id:kame710)のブログで知った作品、ぜひ読んでみたいと思い市民館にリクエストした。

 

明日町(あしたまち)こんぺいとう商店街の西のはじに位置する、お店なのか民家なのかも判然としない地味なお店、それが舞台となる「あずかりやさん さとう」だ。本当の屋号は桐島なのだけれど、なぜか和菓子屋だった昔から、入り口にかかる藍染めのシンプルなのれんには「さとう」とやさしげなひらがなが白抜きされているため、町の商店街マップにも「あずかりや さとう」と載っている。

 

若い盲目の清潔さあふれる店主と、そこになにかを預けに来る客たちの物語が、5つの連作短編でまとめられている。

 

冒頭の「あずかりやさん」は、店のたたずまいや、どんなものでも1日100円で預かり、指定した日に受け取りに来なければ品物は店主のものになるというあずかりやのシステムと、一人も客が来ない日もある店で、静かに小上がりの文机で点字の本を読んでいる店主の紹介。

 

初めに描かれる客はランドセルを背負った女の子。1枚の紙を預けていく。それから「赤い服を着た女の人に頼まれた」と言う中学生の男の子が、こげ茶色の旅行鞄を持ち込み、いつも店主に点字の本を作ってくれる相沢さんは、点訳をパソコンでするようになったからと、点字のタイプライターを預けに来る。

 

7歳で光を失い、ひとりぼっちになった17歳であずかりやを始めた店主には、悲しい背景が見え隠れする。中学生の持ち込んだ鞄は、家を出て行った店主の母親からのものか。思いがけないその中身や、点訳ボランティア相沢さんの秘密が劇的な展開と感動を呼ぶお話だ。

 

高校に入った息子のために、奮発して高価な自転車をプレゼントする父親と、貧しさからみすぼらしいお古のママチャリを与える母親。両親の離婚の間で悩み、少年はあずかりやさんに解決の道を求めるが、学校の自転車置き場で、母親のお下がりのチャイルドシートの付いた自転車に乗り、これから保育園に妹を迎えに行くという女子高校生と出会い・・・という爽やかな恋を描いた「ミスター・クリスティ」。

 

大企業の社長の思い出のオルゴールを預かる「トロイメライ」。大人になったランドセルの女の子が実家に帰った折り、懐かしさにふと立ち寄ったあずかりやさんで出会う「店番」と言う不思議な男性と、その男性から預けられる『星の王子さま』にまつわる話の「星と王子さま」。

 

最後は、子供の頃図書カードが作れない境遇で、思わず盗んでしまったという図書館の本を、大人になって返しに行ったらすでに図書館はなくなってしまっていて返せなくなったから預かって欲しいと訪れた、石鹸の匂いのする女性。いつも泰然としている店主が珍しく落ち着きをなくす・・・。

 

この第五話「店主の恋」は、母猫から店主に預けられ、仮死状態だったが店主の手厚い看護で生き返り、自分は店主の掌から生まれたと信じている白い子猫の視点で描かれる。

 

物語の中に『星の王子さま』も登場するように、著者はテグジュペリのこの作品をとても愛し大切に思っていることがよくわかる。目に見えないものの大切さが全編を貫き、どの話も心を深く揺さぶり、そしてこの醜い現世でドロドロの汚泥がたまってしまった気分の心を、きれいさっぱり洗い流してくれ、この作品に出合えた幸せに感謝したい。

 

人気作でシリーズとなり、現在5作まで出版されているようなので、楽しみに読んでいきたい。