あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

私もケチなのかも・・・『ケチる貴方』石田夏穂著

生まれてこの方、自分より手の冷たい人間に出会ったことがないという、人一倍低体温で冷え性に苦しむ「私」。それなのに、まさかり担いだ金太郎のような体型である自分は寒がる資格もないと思い込み、暖房を強めてほしいなどの希望も言えず、会社の中で一人苦しんでいる。

 

備蓄用タンクの設計と施工をする会社で働く「私」佐藤は入社7年目。秋採用の男性新人社員2名の教育担当を仰せつかる。その仕事の中で、佐藤は自分が培ってきた仕事のコツや極意を、2人の新人に教えることに躊躇する自分に気付く。

 

シーラカンス的なこの職場で、十年後、二十年後には確実に自分より偉くなっていくであろう男性社員のこの2人に、今際の際まで平社員であろう自分の生きるための武器のような仕事のスキルを、なぜ教えなければならないのかと思う。

 

その自分の薄情さに気付き、手や足だけでなく、できることなら人間的にも温かくなりたいものだと佐藤は思う。

 

新人教育の仕事のふとしたことから身銭を切った佐藤は、急に体温の上昇を覚える。それからというもの、佐藤が寛容であったり人のために何かしたりするたびに体温が上がる。世界に丸ごと歓迎されているかのような温かい体の「新世界」に酔いしれる佐藤だった・・・。

 

低体温でかなりの冷え性である私は、身につまされる物語だった。超低燃費の私も、佐藤と同じくケチ、なのか?貧しいなりに寄付に励み、大した能力もないながら人の役にも立ちたいとボランティアや各種の地域の役目なども引き受けているが、まあ、しょせん自己満足や将来の自分のためでもある。

 

などということはさておき、頼もしい書き手の存在を知る読書だった。本書にも収録されている『その周囲、五十八センチ』で、2020年に第38回大阪女性文藝賞を受賞したという1991年生まれ東京工業大学工学部卒という著者である。

 

『その周囲・・・』は、58センチという太腿を気にするあまり、脂肪吸引にのめり込んでいく女性の話だ。怪我や手術といった話にめっぽう弱い私には、脂肪吸引の手術や手術後の痛みについての記述の多い本作は少々読むのがつらかったけれど、面白さは表題作に負けていない。

 

人の価値は外面なのか内面なのか。しかも、外面が変わることによって内面も変わり、周囲の反応も変わってくる。乾いていてユーモアのスパイスが品よく効いた文章にクスリとさせられながら、人や社会についてさまざまなことを考えずにはいられない。