あとは野となれ山となれ

たいせつなものは目に見えないんだよ

写真の整理

今では写真はデジタルで、小さなスマホの中にみな収まってしまうからいいが、それ以前の写真が非常にたくさんある。随分前に、昔のかさばるアルバムからは全てはがしてアルバムは処分してしまったが、その後のコンパクトなアルバムに収められた写真と、かさばるアルバムからはがした分が相当なものだ。

 

はがした写真の一部はパソコンに取り込むなどして処分したが、まだその処理を終えていないものも相当あるため、このところの数日を使ってデジタル化を進めていた。と言っても、特別効率的にする術を持たないため、ひたすらスマホで撮影してパソコンに送る。力仕事である。まあ、時間はあるから。

 

子供たちの小さい頃から、先日その後の様子を見てきた弘前の3年間住んだ家(お洒落な家だったので嬉しくてたくさん写真を撮った)、今はいない猫たちなど、懐かしくて作業の手も止まりがちになる。

 

いつでも手軽に手に取れるように、一部は紙の写真のまま籠に入れて手近に置く(アルバムに整理してしまうと意外に見ないものだ)。

 

こんなふうにしてデジタル化して整理すると、モノを減らせたという快感と、思い出は無くしていないという安心感が得られるけれど、その残した画像をはたしてどれほど取り出して見るだろうか。いっそすっぱり捨ててしまってもいいのかも知れないが、そこまでの勇気はない。

 

今までにデジタル化を進めた映画や演劇のパンフレット類も、たまにこのブログで取り上げた時にはデータとして役立ったが、それ以外にパソコンの中から呼び出して眺めるということはなかった。

 

それでも、デジタルデータは邪魔にならないから、気休めでもやはり残しておこうと思う。幸せなことに作業する時間はあるし、もしかしたらそのうち思うように外出もできなくなり、日がなこうしたデータを取り出して眺め、慰められる日が来ないとも限らない。

 

 

先日の弘前旅行で、奥羽線に乗っていて岩木山が見えた時、思わず「帰って来たよ!」と思ってしまった。懐かしい姿。