この人の文章はご自分の精神安定剤だと仰って、たびたびぷよねこさんが取り上げられる南木佳士さん。興味を引かれて読んでみた。
まずは芥川賞受賞作の『ダイヤモンドダスト』。昭和63年下期、つまり昭和最後の芥川賞受賞作ということになる。そして記念すべき第百回でもある。著者37歳だから、現在(私と同じ1951年生まれなので今年73歳)の作品はまた大分違ってきているのかもしれない。
『ダイヤモンドダスト』には四つの短編が収められている。
「冬への順応」 タイ・カンボジア国境で三か月の難民医療活動に参加し、故郷の信州の田舎に帰った医師のもとに、大学時代に付き合っていた千絵子が運ばれてくる。原発の肺癌を取り切れなかった癌性胸膜炎で、もう長くはない。彼女との若い日々の回想を織り交ぜながら彼女の死を看取る物語。
「長い影」 帰国してから一年目に開かれたカンボジア難民医療団の忘年会。会場であるホテルの温泉で、泥酔した女に絡まれる主人公の医師。宴席で皆のカンボジアでの体験が語られ、想像することもなかったその実態(著者も実際に難民医療団で働いているので、おそらく体験に基づいていると思われる)に私は驚いた。不思議な女に思い出させられたカンボジアでの苦い看取り体験。のちに著者が鬱病になったことには、こんなつらい体験も影響しているのではと思われる。
「ワカサギを釣る」 20ページに満たない短編。看護士の男がタイで知り合った男ミンと、故郷の冬の湖の氷上でワカサギ釣りをする話。
「ダイヤモンドダスト」 母親と早く死に別れた看護士の和夫は、自身もまた早く妻を亡くし、今は父松吉と息子正史と男ばかり三人の暮らしだ。そんななか父親は脳卒中を繰り返し、徐々に料理や孫の世話も大変になっていく。カリフォルニアと日本を半年ごとに行き来している幼馴染の悦子が、そんな彼らを見かねて料理や正史の世話を買って出る。
和夫の勤める病院の院長や、そこに入院してくる宣教師のマイクなど、周辺の登場人物も魅力的で、父の松吉が水車を作りたいと言い出して不自由ながら熱心に取り組み、周囲も巻き込まれていくさまも興味深い。その苦労の結晶の水車と松吉の最後。キラキラと舞い降りるダイヤモンドダスト。命の荘厳さを感じさせて印象的なラスト。
情景や人の描写が非常に豊かなのだが、その巧みさがうるさくならず、自然で心地よい。登場する人物もみな等身大の人々で、それぞれに苦しみや悲しみを抱えているのだろうが、特別な悲劇ととらえるのではなく淡々と描き、人が生きるとはこういうことなのだなあとしみじみ思う。次は、もっと年齢を重ねられた南木さんの作品を読んでみようと思う。
