あとは野となれ山となれ

たいせつなものは目に見えないんだよ

「普通」の呪縛『ミドリのミ』吉川トリコ著

表紙の雰囲気から、てっきりほのぼのしたお話だと思って借りて来たが、なかなか考えさせられる内容だった。

 

小学三年生のミドリはドレミの歌を「ミはミドリのミ」と歌って、クラスのみんなに冷たい目で見られてしまう。ミドリの家ではいつもこう歌っていた。幸せで無邪気な子供時代が終わった瞬間かもしれない。

 

ミドリの両親はもっか別居中。忙しく働くママは通勤至便のマンションに残り、ミドリとパパは以前住んでいたN市から車で1時間ほどの、見渡す限りの田んぼが広がるような町に引っ越し、ピアノも習えなくなったミドリは新しい学校に通っている。

 

なぜこの町に引っ越したのかと言えば、ここには祖父の写真館を引き継いだ源三がいるからだ。ミドリとパパはその源三の写真館で一緒に暮らしている。

 

N市で暮らしていたある日、パパの広は街で源三の写真に魅入られる。「殺人的に」さびしいその写真の下に添えられた平野源三という名前から、勝手に年寄りが撮ったものと思い込んだが、のちに会ったその写真家は女みたいに髪を伸ばし女みたいな服を着たエキセントリックな男だった。

 

初対面の源三の話を聞くうち、いつしか広は相手が呆れるほどの涙を流し、そうして恋に落ちていた。自分から誰かを好きになるのは初めてのことであり、自分がそういう人間だということも初めて知った。そして妻に離婚を申し入れるが、出世に響くからと妻は受け入れず、現在の別居に至っている。

 

登場してくる人物がみんな少しずつ普通ではないのだけれど、そもそも「普通の人」などというものが存在するのかどうか。けれども多くの大人たちは自分の思い込んでいる「普通」の枠に照らし合わせて、あの人は普通じゃないとか変わっているとかと言う。その大人の偏見が、子供の世界のいじめや排除にもつながっていく。

 

パパとママの間で、周辺の大人たちの間で、クラスメイトとの間で、さまざまに気を使い心をすり減らすミドリ。子供の生活もなかなか楽ではない。そうした中、源三はパパさえも気づかないミドリの思いをくみ取ってくれる。

 

物語りは六つに分かれ、各章ごとに違う人物(ミドリのみ2回)の視点で描かれるため物語が多層的になって、より「普通とは」ということを深く考えさせてくれる。人と人が分かり合うことの大変さ、そしてだからこそ、分かり合う努力をしながら暮らす日々の大切さを考えずにはいられない。