ちょうど今日の朝ドラで、ヒロインののぶが「やっと夢を見つけた。教師になりたい」と祖父に告げ、昔気質の釜次を驚かせていたが、そんなのぶの大先輩のような女性、楠瀬喜多をモデルにした物語。
楠瀬喜多は1836年(天保7年)に現在の高知県に生まれている。板垣退助に共鳴して自由民権運動に参加し、女性の投票権を求める。夫を早く亡くしたため戸主となって税を納めているにもかかわらず女性戸主には投票権が与えられないことに抗議して、「権利と義務は両立するはず。投票できないなら税金も納めない」とする抗議文を高知県庁へ提出して税を滞納するなどし、「民権ばあさん」と呼ばれたなどとWikipediaにはある。
この物語では、主人公喜多は仕送屋(江戸時代の金融業)を兼業する大きな米穀商の跡取り娘として生まれ(のちに弟が生まれそうではなくなるが)、のちの板垣退助(幼名猪之助)と幼なじみという設定になっているのだけれど、この猪之助がまた非常に魅力的な人物に描かれている。
板垣退助を調べると聴力に障害があったという記述はあるが、この作品ではディスレクシア(直接こうした言葉はないが)として描かれ、それがまた物語の進展にも大きく影響している。板垣退助と言えば「板垣死すとも自由は死せず」という言葉と、百円札に描かれた特徴的なお髭の肖像画しか浮かばなかったが、この物語で知る板垣さんは本当に素敵だ。
背景として描かれる政府の在り方が、現在の政権といやでも重なる。なにせ明治政府への強い憧れを感じさせる、日本会議や某宗教に支えられる現政権なのだから。明治政府が自由民権運動の盛り上がりで選挙による政府が作られることを強く怖れ、なりふり構わず手段を選ばず運動の中核の人々を排除していくさまも、昔のことを書いているとは思えない。
周辺の人物として坂本龍馬はじめ幕末の有名人も何人も登場し、龍馬の姉も喜多に関わる重要な役どころとして描かれる。
喜多はどんなに商売で稼いでも民権運動のために惜しげなく注ぎ込み、自身は生涯清貧な生活を送り、ひたすら後に続く人たちを育てる。この時代にこのような尊敬すべき女性がいたことを、今日まで知らずに来たことが申し訳ないような気持になった。と同時に、喜多さんの誕生から200年近くたつというのに、いまだに選択的夫婦別姓の権利さえ持てず、国会でも地方議会でも申し訳程度の女性議員しかいない現代の女性の状況を恥ずかしく思う。
自由民権運動や女性の権利獲得の活動を知るとともに、その中で生きた多くの魅力的な人々の姿に深い感動を覚える物語だった。それにしてもこの時代にスケールの大きな人物を輩出した高知という土地。一昨年旅行して桂浜の景観に圧倒されたが、やはりあのような雄大な景色が心の大きな人物を育てるのだろうか。
