かねてより、この年齢になってのがんはもう放っておこうと思っていた。だから実は春あたりから「もしかしたら…」という自覚があったのだけれど、痛むようになったら緩和治療をしてもらえばいいやと思っていた。
ところがこの度の交通事故による入院で、図らずもそのがんを見つけられてしまい、息子たちの知るところとなった。
もちろん最後は私の意思を尊重すると言ってくれるが、当然彼らは治療するよう求める。自分自身でも改めて自分の癌について調べ、進行してから緩和治療を求めれば…などという簡単な話ではなさそうなことも分かった。
とにかく見つかった時点の私はベッドの上で身動きもままならず、検査さえ本格的にはできない状態だったし、幸いまだそんなに慌てなくても良い状況だというので、骨盤の快復を優先することになって今日に至っている。
本格的な検査をした上で、どんな治療法を選ぶか主治医と相談しなければならないが、この三か月に及ぶ日々でもう入院生活は辟易しているので、入院期間が短くて済むというダ・ビンチ(ロボット手術)でお願いできたらなあと思っている。
二十年近くも一人暮らしだった私が、たまたま仕事の都合で次男が二ヶ月ちょっと実家住まいをすることになったそのタイミングで交通事故に遭い、そして内緒にしておくつもりだったがんが発覚するという不思議な巡り合わせ。
素直にがんの治療に向き合い、もしまだ寿命をもらえるようなら、まだもう少し私にするべきことがあるということだろうか。
家族以外面会のできない今、必要なものを届けてくれる人も面会に来る人もなく孤独な入院生活になったかも知れないのに、ずっと次男がいてくれたこと。そして子供たちに分かってしまったからこそ、きちんと癌と向き合えたこと。楽しみにしていた軽井沢旅行には行きそびれたけれど、この不思議なタイミングでの事故に、どこかで大きな意思が働いているように思えてしまう。