仕事をやめた2013年の夏に登録した市の子育て援助のボランティア「ファミリーサポート」を、この3月いっぱいで退会することにし、昨日書類も投函した。
13年間在籍したわけだが、コロナ以降は全くお呼びがかからず実働はなかった。それでも少なくとも前期高齢者の間は活動を続けたいと思っていたのだけれど、昨年の事故で歩行に杖が必要になってしまったし、もう小さなお子さんを抱くこともできないので、実質的にお役に立つことは不可能になってしまった。
実際の孫は遠くてなかなか会えなかったが、この活動のおかげで、保育園の送り迎えなどもさせてもらい、楽しませていただいた。
我が家でお預かりしたことも:
上のお子さんの入学式に、女の子を預かったことも:
これで、社会福祉協議会の託児室での保育、保育園の送迎、自宅での保育と、いちおう一通り経験した。いや、あと利用者さんの家での保育というケースもあるのかもしれない。これは未経験だ。
託児室での保育の様子:
仕事をやめたらしてみたいと思っていたことも、こうして自分の身体能力に制限ができて、思いがけなく早く終了する日が来てしまった。退職したその年に、すぐファミサポの登録をして良かった。ぐずぐずしていたら自分の股関節の手術を迎えてしまっていただろうし、すぐにコロナの時代を迎えてしまったことだろう。
こうなってみると、一昨年思い切って弘前旅行に出かけたのも本当に良かったと思う。私の心づもりでは、民生委員から解放される今年から、夏は美ヶ原に一週間滞在するということを始める予定だった。こんなことなら民生委員の役目があろうと、もっと早くから避暑旅行を実行すれば良かったと、悔しく思われる。
「残りの人生で、今日がいちばん若い日」というけれど、六十代はまだこの言葉の重みを分かっていなかったなと思う。六十代の終わり頃に右股関節という部品を一つ人工物に交換し、畳に座るなどができなくなったが、まだそれほど大きなダメージではなかった。
母がよく八十代になった時の大変さを嘆いていたので、私も次の衝撃はそれかなと思っていた。それが5、6年早く来てしまった。まあ、ありがたいことに命はあったのだし、なんとか自分で動き一人暮らしもできているのだから、積極的に人生を楽しむことは諦めないでいこう。
