柳楽優弥くんの熱演はもちろんだけれど、大泉洋さん演じる「師匠」が、なんとも粋で男らしくて、でもシャイで可愛らしくて、たまらなかった。
ビートたけしさんのブラックなユーモアも暴力的な映画もあまり得意ではなく、無名時代、浅草のストリップ劇場に出ていたという程度の知識しかなかった。こんなに魅力的な師匠がいらしたのだと初めて知った。
この素晴らしい映画は、ビートたけしさんの師匠への愛と、劇団ひとりさんのビートたけしさんへの愛が生み出したのだろう。そしてかかわった人たちの、この時代の浅草への愛情がこもっていると感じた。
成功を手に入れ、高級車に乗ったビートたけし(初めご本人と思ったが、特殊メイクの柳楽君)のシーンから、ストリップ劇場でエレベーターボーイをする、たけしの駆け出しの時代に時間がさかのぼる。
「浅草の深見」を名乗る芸人深見千三郎の舞台に惚れこみ、たけしは弟子入りを願う。大学を中退して浅草に来たものの、何の芸も持たないたけしに厳しい言葉を投げつけながらも、その中に大きな可能性を見た深見は、弟子入りを認め、タップダンスを教え、寝食の世話をする。
やがて、お茶の間のテレビに笑いのファンを奪われ、じり貧になっていく深見の小屋フランス座と対照的に、浅草に収まりきれず、師匠の激怒に遭いながらもテレビの世界に進出したたけしは、漫才「ツービート」としてどんどん人気者になっていく。
長年支えてくれた連れ合い麻里(鈴木保奈美)を失くし傷心の暮らしをしている師匠を訪ねてフランス座を離れたことを詫び、こづかいと称して、漫才で受賞した副賞の賞金を渡す。突っ張っていったんは返しながらも、たけしの気持ちをくんで受け取る師匠。
そのあと思い出の店でにぎやかに二人で飲むが、翌日のたけしの仕事を心配して師匠は早めにタクシーで彼を返す。タクシー代として一万円をたけしに渡し、「余ったらちゃんと釣りの分を返しに来いよ」と言う。「オレが渡した金じゃないか」と突っ込みながらも、師匠の気持ちが嬉しいたけし。このあと思いもかけない悲劇が起きる。
フランス座はかなり傾き、妻の麻里は借金するなどして金策に苦労しているのだが、アパートの下をたけしたちが通るのを見計らって、師匠は出かける支度をして妻から金を貰い、さもちょうど行くところだった風を装い、彼らを食事に連れていく。このシーンはたまらなかった。夫の仕事を尊敬し、苦労の多い生活を楽し気に支える麻里も格好いい女だ。
キャストもスタッフも、すべての人々の愛情が隅々まで込められているのを感じる作品で、映画っていいなとしみじみ思った。1970年代の浅草のあったかな雰囲気も、そう思わせるのかもしれない。(ネットフリックスの配信)
ビートたけしさんのファンでも、そうでなくても、粋に生きた男の物語として大いに楽しめる作品だと思う。
このあと、下の道を通る弟子たちに気付き、めかして出かけていく師匠。いいシーンだ。