あとは野となれ山となれ

たいせつなものは目に見えないんだよ

本・動画感想

消えゆく美しい世界『日比野豆腐店』小野寺史宜著

本当に、どこかの町の一角にありそうな小さなお豆腐屋さんの平凡な毎日のお話。でも、現実には、今の世の中には、もうこんな優しい世界はなかなか見つけられないのかもしれない。 京成本線の堀切菖蒲園。その駅から歩いて5分ほどのところにある日比野豆腐店…

幸せな時代の幸せな家族『鳥の水浴び』庄野潤三著

***** 名作『夕べの雲』から三十五年。時は流れ、丘陵の家は、夫婦二人だけになった。静かで何の変哲もない日常の風景。そこに、小さな楽しみと穏やかな時が繰り返される。暮らしは、陽だまりのような「小さな物語」だ。庄野文学の終点に向かう確かな眼…

ありそうで怖い『アイスクライシス』笹本稜平著

この物語のどのあたりまでが事実で、どこからがフィクションなのか。巨大国家の機密維持のためなら、民間人を事故に見せかけて抹殺する・・・くらいのことは、いかにもありそうで怖ろしい。 先日読み終えたオオカミと人間の物語に心がふるえ、やっぱり笹本稜平…

人類であることが悲しくなる『分水嶺』笹本稜平著

写真家風間健介の父は、日本では五指に入る山岳写真家である。健介は父と異なるコマーシャルフォトの分野に進み、大きな賞をいくつも受賞して時代の寵児となるが、しかしいつのまにか流れの本流からは外れてしまう。 そんな時、父恭造が脳出血で突然亡くなり…

みごとな構成で胸を打つ『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子著

直木賞と山本周五郎賞を、ダブル受賞したというのが非常に納得のいく素晴らしい作品だった。 睦月晦日の辺りが暗くなった頃、木挽町の芝居小屋の裏手で一件の仇討があった。雪の降る中、赤い振袖を被き傘を差した一人の若衆。被いた振袖を投げつけると白装束…

それぞれの青春の現実『春のほとりで』君嶋彼方著

普通の短編集だと思って読んでいたら、担任の教師が同じであることに気付き、途中から既出の登場人物も現れることが分かった。同じ高校の、一つのクラスの、青春群像だった。そう気が付いて、初めに戻って各登場人物に注意しながら読み直した。 いわゆるスク…

最初に戻って・・・

この間ひさしぶりに宮部みゆきさんの『三島屋変調百物語』を読み、なんだか懐かしくて無性に宮部さんの作品を読みたくなった。たぶん一番初めに読んだのは、誰も殺されないミステリーの『我らが隣人の犯罪』だったと思い、リクエストした。 いくら人気の宮部…

久々の宮部みゆき著『三島屋変調百物語』

一時期非常に宮部さんの作品を読んでいたが、なぜかこのところ遠のいていた。三島屋の百物語も久々だが、宮部さんの作品自体何年ぶりかである。 500ページを超える分厚い本の、そのまた半分以上を表題作の『黒武御神火御殿(くろたけごじんかごてん)』が占…

キャスティングの妙『俺物語!!』

少し前になってしまったが、ネットフリックスで『俺物語!!』を観た。主役のごっつい高校生剛田猛男を演じているのは鈴木亮平さん、撮影時32歳だ。作中で女子高校生たちに「ゴリラのよう」だの「親戚のおじさんかと思った」だのと言われる役ではあるが、違和…

自主上映会で区長になった岸本さんを観る

7月にロッシェル・カップさんの講演会を主催した女性たちのグループが、ドキュメンタリー映画『〇月〇日、区長になる女。』の自主上映会を開催してくれた。今日の午前と午後の2回上映。午後の回のあとには岸本氏を担ぎ出した内田聖子さんの講演会も企画さ…

知らなかったこと、少しずつ知っていこう

少し前にNHKドラマ『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』を観た感想を書き、そのエントリにつるひめさんからコメントをいただいたことで、この作品の原作者椰月美智子さんの『こんぱるいろ、彼方』という作品を知った。どんな物語かは、いつもとても素…

絶滅危惧の大家族物語

先日marcoさんが『0.5の男』を紹介していらした。その時ちょうど私は家族に冷たくあしらわれる雅治くんが可哀そうになってしまって視聴を休んでいたのだけれど、marcoさんの紹介文に励まされ、再度観始めた。あらすじはぜひこちらで。 garadanikki.hatenablo…

本屋さん限定の探偵と謎解き『ようこそ授賞式の夕べに』大崎梢著

成風堂書店のアルバイト大学生多絵ちゃんが活躍するシリーズは、これで4作品目だろうか。本作は同じ著者のもう一つのシリーズの人物も登場しているらしい。 そのせいでもないだろうが、登場人物が多く、しかも書店大賞の授賞式当日の1日のできごとを朝の7…

土地に本能があったら

ネットフリックスで『地面師たち』を見ている。少々暴力的な場面もあり怖いのだが、圧倒的な面白さに引っ張られてしまう。 先日見た5話に、豊川悦司演じる地面師のリーダーハリソン山中と、綾野剛演じるメンバーで交渉役の辻本拓海の二人が、高級なウィスキ…

少年がひたすら可愛い『笑う森』荻原浩著

『愛しの座敷わらし』の荻原浩さんの最新刊。5歳の山崎真人(マヒト)はASD(自閉症スペクトラム障害)だ。父親の山崎春太郎が亡くなってから、母の岬と2人で暮らしてきた。 hikikomoriobaba.hatenadiary.com テレビのドキュメンタリー番組で目にした大き…

ジュリーに励まされる女性たち『あなたがパラダイス』平安寿子著

以前、私の好きなガテン系の職場を舞台に描いた物語を読んで、好感を持っていた著者の作品だ。明るくて、元気が出る作品だった。ネットの情報によれば、「田辺聖子・佐藤愛子の両巨頭以後、今もっとも軽妙なユーモア小説の書き手として注目」(朝日新聞出版…

今観ると複雑ですが

ネットフリックスで、11年前の日曜劇場で放送されたドラマ『空飛ぶ広報室』を観ている。このところ自衛隊はさまざまな問題続きで、このドラマを今観ると、どうしてもそのイメージに邪魔されてしまうが、それでもやはりドラマとして大変面白い。 原作はもちろ…

私ならどんなお告げをもらうかな『猫のお告げは樹の下で』青山美智子著

「このたび、2LDKの中古マンション購入。近くなったから遊びにおいで」と時子叔母さんからハガキが届いた。「私」はケチでしゃれっ気もない時子叔母さんが苦手で、どうせ社交辞令だろうし遊びに行く気などなかった、ハガキのお城のイラストに添えられた「こ…

くっくっく・・・

著者の岸本佐知子さんは翻訳家だそうだ。浅学にして存じ上げなかったが、拝読している徳久圭さんのブログで、この方の『わからない』という作品の紹介を読み、そんなに面白いのか・・・と思い、そうしてなぜかこちらの『ひみつのしつもん』の方を生涯学習センタ…

古内一絵著『東京ハイダウェイ』を読んでハイダウェイを必要としない幸せに気付く

生涯学習センター(旧地区市民館)の新刊本コーナーで見つけた本作。明るく優しい色合いの表紙とはうらはらに、結構苦しみながら生きている人たちの物語だった。 でも、きっとここに登場する人たちは決して特別な人たちではなく、現代社会で働く人は多かれ少…

ままならぬ世なれど『モーニングサービス』三田完著

東京は浅草、浅草寺近くの観音裏と呼ばれるところに、昭和の香り高い喫茶店「カサブランカ」はある。仲見世通りが観光客でにぎわっても、この喫茶店は毎日ほぼ常連の顔ぶればかりで、老夫婦2人の生活がやっと成り立っている感じである。その常連客や訳あり…

シェフのイメージが違うけど『マカロンはマカロン』近藤史恵著

以前楽しみに見ていたドラマ『シェフは名探偵』の原作本の一冊。 hikikomoriobaba.hatenadia ドラマを見てしまったので、どうしてもシェフは西島秀俊さんのイメージが強く、無精ひげを生やし口が悪く人当たりが良くないという三舟シェフ像は食い違う。それで…

やはり書いておこう

2月に『木曜日にはココアを』を読んで、そのあとすぐリクエストしたと思うので3か月くらいは待っていたと思う『月曜日の抹茶カフェ』が届いたという電話をもらい、すぐ受け取って、そして楽しくてあっという間に読んでしまった。 青山美智子さんの作品で、…

貴方の胸にもきっと届く『君が残した贈りもの』藤本ひとみ著

高校2年生の上杉和典は、全国模試でも数学は常にトップで、自分の生涯は数学に捧げようと考えている。そんな彼が、夜の公園で異様な雰囲気で座る同学年の片山悠飛を見かける。野球部のエースで4番、文武に優れる片山は和典も一目置く存在で、不思議な雰囲…

これもあれも変わっていく

読み終わったリクエスト本3冊を抱えて、生涯学習センター(旧地区市民館)に返却に行った。図書室の書棚に『推し、燃ゆ』があった。2021年第164回の芥川賞受賞作だ。 著者宇佐見りんさんは1999年生まれなので、本作出版時(2020年9月)は21歳だ。現在の我が…

贅沢な装丁だったらしい『群青の湖(うみ)』芝木好子著

「どうしたら、文章がここまであざやかに風景や色彩を写しとることできるのか。芝木好子の小説を読むと、描写力の力強さに、きめ細かさに、圧倒されてしまう」というsmokyさんの最後の文章に惹かれて、この作品を市民館(4月からは生涯学習センターと名称変…

茶の間から見た戦争『小さいおうち』中島京子著

2010年に第143回直木賞を受賞した作品で、2014年山田洋二監督によって映画化された。映画は主に女中タキが仕えた女主人時子の秘めた恋に重きが置かれていたように思うが、小説は舞台となった戦前から戦中の中流階級の生活が、こまやかにいきいきと描かれてい…

人生の極意『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ著

以前映画を(と言っても劇場ではなくネットフリックスでだと思うが)見て、まあまあ良かったのだけれど、marcoさんが原作の方が何倍も素晴らしいということを書いていらしたので、早速市民館にリクエストして読んでみた。あらすじはmarcoさんも書いていらっ…

コップの中の嵐か『平成大家族』中島京子著

『小さいおうち』の中島京子さんの作品。と言っても、私はこの作品を映画では見たものの、小説はまだ読んでいない。映画もとても良い作品だったが、原作はその何倍もいいとのことなので、いつか読みたいとは思っている。 ただ、同じ著者の『彼女に関する十二…

記録として・・・『Q&A』恩田陸著

学校行事の一日だけを描いた『夜のピクニック』、音楽の魅力を言葉で紡ぎ出した『蜜蜂と遠雷』など、恩田さんの作品には驚かされることが珍しくないが、この作品もタイトルといい、地の文が全くない構成といい、実に斬新だ。 都下郊外の大型商業施設で多くの…