あとは野となれ山となれ

たいせつなものは目に見えないんだよ

ありそうで怖い『アイスクライシス』笹本稜平著

この物語のどのあたりまでが事実で、どこからがフィクションなのか。巨大国家の機密維持のためなら、民間人を事故に見せかけて抹殺する・・・くらいのことは、いかにもありそうで怖ろしい。

 

先日読み終えたオオカミと人間の物語に心がふるえ、やっぱり笹本稜平さんの作品は信頼できると思い、生涯学習センターの図書室の棚にもう1冊あったので借りて来た。

 

今回の舞台は北極。日本の資源探査会社とアメリカの準石油メジャーによる合同チームが海底油田の探査のため北極海の基地で活動している。チームリーダーは日本のジオデータ社の社員郷田裕斗だ。

 

ある日、ロシアの核物理学研究所の総本山クルジャコフ研究所が、純粋水爆の開発に成功したというニュースが世界を駆け巡る。純粋水爆とは起爆剤として原爆を使わない水素爆弾で、俗に「きれいな水爆」とも呼ばれる。

 

「ソーヴェスチ(良心)」と名付けられたその爆弾は、爆発力を適切にコントロールできるためフォールアウト(放射性落下物、いわゆる死の灰)を生成しないという。

 

郷田たちの基地は折りしも空前の規模の低気圧に襲われ、吹き荒れるブリザードに翻弄されているが、そんな中彼らのいるテントの足元の氷盤が大きくぐらつき、続いて海水温の異常な上昇を計測する。

 

衛星電話で入った情報によれば、どうやらロシアがソーヴェスチの実験をしたらしいという。数千メートルの深海での爆発なら、それによる火球は水圧で押し潰されてあっというまに萎んでしまう。海面には水蒸気の泡が浮かび上がってわずかに波立つ程度だというのだ。

 

ところが実際にはそれによって異常な海水温の上昇が起き、それが氷盤を融かして無数のリード(割れ目)を作り、大きな開氷面ができてしまったところもある。ぐずぐずしていると、爆発箇所のさらに熱い海水が流れてきて、氷盤は融けチームは海の藻屑となってしまう。

 

アメリカ本国に連絡を取り航空機で救出に来てもらうにも、北極を覆う低気圧の勢力は当分衰える気配もなく、航空機は飛べず、飛べたとしても氷盤が荒れていれば着陸ができない。そのうちに無線も衛星通信もつながらなくなり、とにかく迫りくる危険を回避するために、彼らは必要最低限の物資を積んで雪上車でより安全な北を目指すが、リードやプレッシャー・リッジ(氷丘脈、氷と氷がぶつかることによってできる)にはばまれ困難を極める・・・。

 

こうしたクライムサスペンスにさらに米ロの原子力潜水艦のつばぜり合いや、国益と機密のぶつかり合いが絡み、郷田たちは刻々と追い詰められていく。

 

ロシアにしろアメリカにしろ、しょせん国家というものは冷酷なものだと痛感する。そしてその冷酷な国家は冷酷な命令を出す。けれども何人であれ、人の心を持った人間も確実にいるのだということもまた痛感する。

 

本作でも人間の愚かさ醜さが描かれる一方で、信じるに値する人々が描かれ、深い満足感を抱いて読了する。