あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

不思議な恩田陸ワールド『きのうの世界』読後感は・・・

「もしもあなたが水無月橋を見に行きたいと思うのならば、M駅を出てすぐ、いったんそこで立ち止まることをお薦めする」と始まる本書、冒頭からいきなり著者の不可思議な世界に放り込まれてしまう。

 

単なる物語の読者ではなく、俯瞰と言うほどの高さでもなく、その中間ほどの場所でことの成り行きを見守る気分と言ったら近いだろうか。そして終始不穏な空気が立ち込めていて、心はざわざわ落ち着かない。

 

500ページ近い長編が19の章に分かれ、合間に3つの幕間と名付けられたパートまで挟まれる。その短めの各章ごとに、目まぐるしく視点も入れ替わる。

 

見たものを写真のように脳の中に写し取って記憶してしまう能力を持った男、市川吾郎。その男の死体の第一発見者で元高校教師の田中健三。愛犬の散歩の途中で、事件に関係していそうな地図を拾った76歳の一卵性双生児の菊山華代と虹枝。「焚き火の神様」を感じる高校生田代修平。古くからの土地の名士新村家の現当主である志津。次々と何やら秘密めいた人物が登場する。

 

けれどもこの物語で最も秘密めいているのは、人ではなく、この人たちが暮らす「町」だ。そしてさらに、町のシンボルのような三つの―そしてそのうちの一つはなぜか壊れたまま修理もされていないのだが―黒い塔だ。非常に目立つものなのに、町の誰に聞いても、はっきりした由来や役割が分からない・・・。

 

市川吾郎はなぜこの町にやってきて、そして物語の冒頭でいきなり死体となってしまったのか。怪しげなあの人はこの人は、何者なのか。そしてこの町の人々は何を隠そうとしているのか・・・と、頭のモヤモヤを晴らしたくて必死に読み進んでしまう。

 

そうして行きつく真実と黒い塔の正体。これをどう受け止めるか。賛否別れそうな結末である。

 

 

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