あとは野となれ山となれ

たいせつなものは目に見えないんだよ

ささくれがちな心に甘酒のような物語『たまちゃんのおつかい便』森沢明夫著

この著者の作品は初めて読んだのだが、映画化された『津軽百年食堂』や『ふしぎな岬の物語』を書いた方だった。『津軽百年食堂』は、映画公開時に、もしかしたら弘前のあの食堂がモデルだろうか・・・などと考え興味がわいたことを覚えているが、結局映画も観ず本も読まないままになっていた。

 

さて『たまちゃんのおつかい便』だけれど、主人公のたまちゃんこと葉山珠美は、テレビで最近問題になっている「買い物弱者」のことを知り、大学を中退して移動販売の仕事に乗り出す。その背景には、不便な田舎で一人暮らしをする、大好きな母方の祖母静子ばあちゃんの力になりたいという思いもあった。

 

珠美の母は交通事故で早く亡くなっており、父親はその後フィリピン人のシャーリーンという女性と再婚し、二人で居酒屋をしている。シャーリーンがなにかと助けてくれることに感謝しながらも、亡き母への思いと、押し付けがましい彼女の物言いに珠美はイライラしがちだ。

 

そんな珠美を、移動販売の必需品である保冷車の格安中古を探すことから改装まで引き受け応援してくれるのは、幼なじみの常田(ときた)壮介だ。「ドライブイン海山屋」の次女で引きこもりの真紀は、得意のパソコンでチラシやホームページを作り協力する。

 

こうしてスタートした移動販売「たまちゃんのおつかい便」をめぐって、周囲のお年寄りたちの身に起きる問題や、家族のことを描いていく。

 

思いの行き違いなどはあっても、悪意のある人間は一人も出てこない。どの人の日常の中にもありそうなささやかな事件や、誰もが迎える年老いた時の問題などを、田舎だからこその穏やかさや温かさで乗り越えていく様子に、読んでいるこちらの心も慰められる。

 

「人生っつーのはよ、たった一度きりの命をかけた遊びだからよ、何でも好きなことやったもんの勝ちだよな」

「人生にあんのは『成功』と『学び』だけだって、死んだ俺の嫁さんが言ってた」

若い頃は「やんちゃ」をしていたという主人公の父親のセリフが素敵だ。

 

珠美の祖母静子の親友で、静子から大きな影響を受けた千代子バアの言葉も宝石のように光る。

いつもいい気分でいるためには、日常の些細な出来事や事象を、丁寧に探し、すくい上げ、見詰めて、そのときの自分の心の動きを味わうことだ。たとえば、道端に雑草の花を見つけたなら「可愛いねえ」と愛でて、深呼吸をひとつ。それだけで、ちょっぴりいい気分になれる。空が青ければ、いい気分。ご飯がふっくら炊けたら、いい気分。都会の息子からメールが来たら、たとえそれが一月ぶりだとしても、いい気分・・・。 

 

昨日のブログで「年を取ると幸せのハードルが低くなる」と書いたけれど、静子おばあちゃんや千代子バアしかり、こういう心境はやはり年を取って至るものなのかもしれない。でも、いやそうであればよけいに、何者かにならねば!何事かをなさねば!ともがきがちな若い人に、こんな小さな幸せを見つけながら生きてもいいんだよと、背中をなでながら諭す年寄りが必要なのかもしれない。

 

 

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冷え込んできたせいか、酒粕で甘酒を作りたくなった。