『愛しの座敷わらし』の荻原浩さんの最新刊。5歳の山崎真人(マヒト)はASD(自閉症スペクトラム障害)だ。父親の山崎春太郎が亡くなってから、母の岬と2人で暮らしてきた。
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テレビのドキュメンタリー番組で目にした大きな木を、真人が見に行きたいと言う。調べてみると自分たちの住む所から車で3時間ほどの神森というところと分かり、日帰りも可能なので岬は翌日の日曜に真人と出かけた。
そして目指す木を見つけて写真を撮影し、「あったね」と岬が真人を振り返ると、その数秒の間に真人は消えていたのだ。ここから物語が始まる。
神森は「小樹海」と呼ばれ、面積だけなら富士の樹海よりも広い自殺の名所にもなりつつある場所だ。そこで5歳の少年が行方不明となり、ほとんど絶望と思われていたが、奇跡的に一週間後に発見された。しかも大して衰弱さえもしていなかった。
母親と春太郎の弟つまり真人の叔父の冬也(トウヤ)は、その一週間の間に真人の身に何があったのかを知ろうと探っていく。ただでさえ頼りない幼児であるうえに、ASDの真人はなかなか質問にまっすぐ答えることがないので、その追究は大変困難なものになる。
誰と一緒にいたのという質問に、真人は「くまさん」と答える。そして岬と冬也の二人はユーチューバーの拓馬にたどりつき、「くまさん」はたくまの「くま」だったかと思うのだが、真人は森の中の一週間の間にさらに多くの人と関わっていた・・・。
迷い込んだら出るのが大変という樹海でありながら、運命のいたずらで真人の遭難と時を同じくして何人もの人間がその樹海でさまざまな人生の一場面を生きていた。真人の可愛らしさに誰もが彼に食べ物や飲み物や寒さをしのぐものを与えながら、それぞれの事情で彼を捜索隊のもとに連れて行くことはせず、結果的に真人は7日間を樹海で過ごすことになった。
その樹海での真人の様子の描写が、たまらなく可愛らしく愛おしい。ところどころかなりのハードボイルドになるのだけれど、全編を通して温かいものが流れ、ネットで母親の岬を誹謗中傷する人物など、悪人を含め全ての人物に魅せられる。
興味の尽きない物語の展開、魅力的な人間描写で夢中で読んでしまう作品だが、とりわけ真人の可愛らしさには参ってしまうことだろう。