あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

ほのぼのじんわり『愛しの座敷わらし』荻原浩著

食品メーカーに勤める高橋晃一は、突然地方への転勤を言い渡される。どうやら出世競争から外れたらしい。家庭を犠牲にして頑張ってきたのにとむなしくなり、これからはもっと人生を楽しんで生きようと一念発起、家族を説き伏せて、いや説き伏せ切れていないが、会社があっせんしてくれたマンションを断り、築100年を超える古民家住まいを選択する。

 

妻の史子は東京生まれの東京育ち、クモの巣にも大騒ぎするほどで田舎暮らしには及び腰。中学生の長女梓美は、なぜか近頃級友たちから距離を置かれているので、転校で心機一転できることに一縷の望みを抱くが、新しい環境にうまくとけ込むことができるか不安だ。4年生の智也は、小児喘息が治まりかけてきた、ちょっと引っ込み思案な少年。そして、晃一の母の澄代は夫を亡くしてから、住み慣れた長野を離れて息子たちとのマンション暮らしとなり、史子たちには認知症を心配されているが、実は高齢者うつになりかけている。

 

この一家が、400坪の敷地内にうっそうと木は茂り小さな祠も祀られ、広い土間や囲炉裏が切られた板の間を持つ、大きな三角屋根の築100年を超える古民家で暮らすことになる。そしてそこに住み着いていた座敷わらしを知り、そのことから家族に起きるさまざまな変化を描いた物語だ。

 

主人公一家を始め、登場する人物がなかなか魅力的で、不便で人間関係の濃い田舎暮らしもまんざらでもないと思わせる。すぐにも会社が勧めてくれたマンションに移りたいと思っていた史子にもどんどん変化が表れる。

 

多感な年ごろのうえ、人一倍周囲の空気に敏感な梓美の学校生活や、サッカーの仲間に入りたいのになかなか口に出せない智也が、徐々に勇気を出して友達を作っていく様子には嬉しくなる。子供には子供の苦労と、大人の知り得ない喜びがある。

 

始めのうち座敷わらしの姿は智也とばあば(澄代)にしか見えないが、やがて家族全員がその存在を認識することとなり、地域のお年寄りから座敷わらしの悲しい言い伝えを教えてもらう。

 

コメディ調に進んできた話が、この座敷わらしの素性が分かったあたりから一変する。いや、決してお涙頂戴の安っぽい展開になるわけではないのだが、家族それぞれの彼(彼女?)に対する心遣いと、どこまでもあどけない座敷わらしの姿が胸を打つ。結末も温かく素晴らしい。

 

 

荻原浩さんという著者を知らなかったが、「ユニバーサル広告社」シリーズを書いていると知り、5年ほど前の沢村一樹さん主演のドラマを思い出した。調べたらやはりこの方の原作だった。このドラマもとても温かみを感じる物語で好きだった。

 

この作品は2007年に朝日新聞に連載されたもので、2012年に水谷豊さん主演で映画化もされていた。どちらも全く知らずにこの本を手に取ったのだけれど、楽しくほろりとさせられ、そして心が温まる時間となった。

 

 

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