あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

激動の時代を背景に『月岡サヨの小鍋茶屋』柏井壽著

桂飯朝という創作落語を得意とする売れない噺家が、ネタ探しに訪れた古本屋で江戸時代末期の『鍋茶屋の大福帳』なるものを見つけ、そこに記された話を語るという体で綴られる物語。

 

物語の舞台は江戸時代なのだが、現代の、しかも噺家さんが語るということで非常に軽く読みやすいものになっている。主人公は近江の旅籠の娘サヨ。7人兄弟姉妹の三番目であり、しかもサヨの父の代になって急に経営が悪化したこともあって、サヨは口減らしも兼ねて15歳で京都は清水の茶店「すずめ亭」に奉公に出される。

 

料理することが大好きなサヨは物心つくと同時に実家の旅籠の板場で料理人たちから教えを受け、十歳の頃には出汁を引いたり飯を炊いたりは一人前にできるようになっていた。けれども「すずめ亭」では一切料理にかかわらせてもらえない。それでも3年は辛抱しようと耐える。

 

そんなサヨは不思議なことにある日自分の守り菩薩であるらしい妙見さんと遭遇し、老舗旅館「菊屋旅館」で働くことになり、ここからサヨはトントンと運をつかんで、「清壽庵」という寺の境内で小さいながらも鍋茶屋を開くことになる。そこで昼は二個ひと組のおにぎりを売り、夜は予約のひと組だけを受け入れて酒と料理を供する商いをする。その中で出会う幕末の有名人らしき人物や、市井の人々との毎日が綴られる。

 

こと細かに描かれる美味しそうな料理と温かな人と人の交流に、ほのぼのとした思いに包まれる作品だ。古本屋で見つけた大福帳は十冊ほどがひと束になっていたとあるのでまだまだいくらでも続編が生まれそうだけれど、著者は京都で歯科医院を営んでいるそうで、そちらが忙しいのか本作の続編はまだ出版されていない。ちなみにこの作者は、萩原健一さん主演だったNHKBSプレミアムドラマ『鴨川食堂』の原作者だそうだ。