あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

魅力的な獣医大生の生活『ただいまラボ』片川優子著

著者の片川優子さんは、中学3年生のとき執筆した小説『佐藤さん』で第44回講談社児童文学新人賞に佳作入選し、その作品が翌年刊行されデビューしたという早熟な作家さん。まだ30代半ばという若さだ。

 

その後麻布大学獣医学部に進学し、同大学分子生物学研究室に所属したとのことで、なるほどこの作品の舞台である獣医大生の生活ぶりがリアルなわけだと納得。

 

主要登場人物5人のそれぞれの視点で描かれる5つの物語。いきなりシカの耳を刻むという珍しい状況からスタートし、読者はたちまち獣医科の学生たちの日常に放り込まれる。およそ今まで覗き見ることのなかったこの学生たちの生活が非常に魅力的で、これがこの作品の魅力のかなりの部分を占める。

 

医大の少なさや卒業生の就職事情など、世間であまり知られていない情報も多く興味深い。家が獣医で、入学時から家業を継ぐことが既定路線の者もいれば、分子生物学を専攻し、将来について葛藤の末、現在の外科的な治療の先を目指す者もいる。

 

作中にはいろいろな動物が登場するが、耳を刻まれるシカに始まり、実験のため麻酔を打たれ、そのまま目覚めないビーグル犬も登場し、さすがに可愛いだけではない。けれどもやはり獣医大を選ぶ若者たちなだけに、根底に動物への愛と尊敬が感じられる。

 

どれも面白かったが、一般企業にインターンに行った新倉が主人公の3番目の物語「ネガコン!」が特に心に残った。新倉はグループワークで割り振られた自分のグループのメンバーがみな無能に見え、名前も覚えずゴールデン(レトリーバー)、キリン、クロサイオカメインコと心の中であだ名をつける。

 

メンバーには口を挟ませず、一人でテーマをこなし発表もするが、8グループ中7位という成績に憤然とする君島。インターン期間を終えてから出かけた動物園で偶然そのグループのメンバーの一人と出会い、相手とのちょっとした会話から自分の不遜に気付き、研究室での実験がうまくいかない原因にも思い至る・・・。

 

会話は今どきの若者のものだし、「俺はこのところ毎日研究室のパソコンにかじりついて、卒業論文というやつを絶賛執筆中」のように、言葉の新しい使い方も見られる。けれども、珍しい獣医大という環境の中で、のほほんとしているようで結構真面目に学問や人生に取り組む若者たちが気持ちよく、楽しい読書となった。

 

 

表紙やとびらの動物が非常に優しげで魅力的!