あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

手の中の宝石に気付く『月夜行路』秋吉理香子著

沢辻涼子は小学4年生からひたすらバレーボールばかりをしてきた。スポーツ推薦で大学に進み、その後は実業団のチームに所属し少しは雑誌のインタビューを受けるようにもなるが、それがピークで、全日本の選手に選ばれることはなく、やがて大手出版社のスポーツ紙の記者をしていた夫との結婚に逃げる。現在は高校生の娘と中学生の息子がいる専業主婦だ。

 

スポーツ紙から文芸誌に転属になった夫は、今は文壇の重鎮と言われる大家の担当をしていて、その気難しい注文に応えるのが大変ということで家に帰らない日もある。そんな中、涼子は夫が浮気をしている証拠を見つけてしまう。

 

相手の女性の働く銀座の店に乗り込んだ涼子は、そこで美しく魅惑的な店のママ野宮ルナと出会う。ママは大変な洞察力の持ち主で、涼子の境遇をほぼ見抜いてしまう。そんなママに涼子は心を開いて、大学時代に好きだった相手が結婚直前に裏切って実家を継ぐと大阪に帰ってしまった過去まで打ち明ける。

 

夫の浮気や勝手な子供たちに自棄的になり、酔った勢いもあって、家を出て22年前に自分を裏切った恋人和人を探しに大阪に行くと言い出す涼子に、ママは同行を申し出る。こうしてママと涼子の旅が始まり、和人を探しながら大阪で出合うさまざまな事件を、文学の知識と鋭い洞察力を持つママが、涼子のちょっとした言葉からひらめきを得たりしながら解いていく・・・。

 

文学大好きのママが語る文学蘊蓄や二人がたどる大阪の文学聖地紹介も興味深く、事件解決のミステリー要素も大いに楽しめる。そしてそれらのミステリー以上に謎の多いママの正体が終盤で分かり、アッと驚く。それまで少々気になっていたことも腑に落ち、涼子とともに読者も、大切なものに気付かされる思いがする。

 

バレーボールも中途半端に終わり、専業主婦という自分をさげすむ涼子に、ママの言う言葉がとてもいい。「あたしはね、全員が、誰かの夢だと思ってる」。

 

「ミュージシャンは娘の芳香ちゃんの夢、漫画家は息子の篤史君の夢。でも芳香ちゃんや敦史君のようになりたい子もいるかもしれない。ミュージシャンや漫画家でいる人たちは、いわゆる平凡なお母さんになることが夢かもしれない。だからまわりまわって、全員が誰かの夢を叶えた存在じゃないかって思うの」。

 

秋吉さんの著作リストを見ると、ちょっと「いやミス」かな?と思われる作品もあるが、この作品はたいへんに楽しくてさわやかで感動的な物語だった。また勝手な偏見で文学とは距離を感じていた大阪が、こんなにも文学と関係の深い地だったのかと非常に驚いた。ちょっと大阪に行ってみたい気持ちにもなった。

 

 

 

 

※あとになりましたが、れーこさんが感想を書いていらした『月夜行路(げつやこうろ)』に興味を覚え、市民館にリクエストして読みました。

 

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