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遭遇しそうな都会のサバイバル『とにかくうちに帰ります』津村記久子著

うちが大好きな私は、たまに気の進まない所用で出かけた時など、用事が済むともう、とにかく「うちに帰ろう!」と思ってしまうので、市民館の書棚でこの題名を見つけた時「あ、よくある私の心境だ」と親近感を抱き、読んでみようと思った。

 

ところが、読んでみたら大都会での台風下の物語で、下手をしたら命にさえかかわったかもしれない大変な状況でのお話だった。

 

「ブラック・ボックス」「ハラスメント、ネグレクト」「ブラックホール」「小規模なパンデミック」の4つの連作短編からなる「職場の作法」と、アルゼンチンのフィギュアスケート選手について語る「バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ」でこの本の半分ほどを占め、残りの半分を表題作「とにかくうちに帰ります」が占めている。

 

「職場の作法」も結構面白かったのだけれど、なんと言っても後半の「とにかく・・・」が強烈なインパクトを残し、前半の物語がかすんでしまった。

 

登場人物は、本土とは巨大な橋でつながれた埋立洲にある会社の社員たち。強い台風が近づいているというので、仕事のキリが付き次第帰宅するようにという指示が出るのだが、さまざまな事情から少々帰宅の途につくのが遅れた者もいた。

 

コンビニのレインコートや傘も残り少なく、すんでのところで乗り損ねた定期バスは、そのあとは運休になってしまい、もたもたしていた者は長い橋を歩いて渡るしかなくなる。その橋をバラバラに歩き始めた男性や女性や塾帰りの子供が出会ったり別れたり・・・。

 

東日本大震災の時、何百万人という帰宅困難者が発生し、「帰宅難民」という言葉まで生まれて、初めて世間で大災害時の都会の交通の脆弱さが意識されたように思う。それはただ家に帰れないというだけのことではなく、水や食料も手に入らなかったり、季節によっては低体温症などを発症するかもしれず、命にもかかわることだ。

 

この物語でも、雨の中歩き始めた最初の頃は、周囲の様子を眺めたり台風時のテレビ放送のことを話題にしたりする余裕があるが、長時間の疲労と、服が雨に濡れて徐々に体温も奪われていき、話すことさえ億劫になってしまう。

 

塾帰りの子供と遭遇したサラリーマンは自分がコンビニで買って2枚重ねて来ていたレインコートを、軽装で寒がっている子供に1枚脱いで着せてやる。子供は、離婚して元妻のもとにいる3歳の息子との面会日が明日だから、何としても帰宅して明日の新幹線に乗らねばというサラリーマンが、無事子供に会えるだろうかと心配する。

 

せめて温まるかとコンビニのホットドリンクを何本も買い占めた女性は、途中発見した仮死状態のようになっているサラリーマン(通りがかった満員のバスに乗車を拒否され、頼み込んでやっと子供だけを乗せた)のために、かろうじて温もりを残すそれらを男のレインコートの下に入れてやる。

 

どの人物も、もしこの嵐の中で一人きりだったらどうだっただろうかと考える。一人なら、レインコートもホットドリンクも独り占めすることはできただろうけれど・・・。

 

暴力的な気候が珍しくなくなった近年、他人事(ひとごと)ではないと身につまされる方も少なくないことだろう。ある程度の規模のオフィスなら、緊急時に社内に宿泊できる準備があるかもしれないが、人数が多くなればやはり簡単ではないだろう。

 

365連休の身で、雨の中出かけなければならないようなことはまずなくなったことを、改めてありがたいことだと思った。出かけた人を、顔を見るまで案じるということもない毎日だけれど、離れて暮らす息子たちもその家族も、皆どうか日々無事でと祈る。いや、家族だけではない。知らない人も、動物たちも、どうぞ穏やかな日々であってほしいものだと思うし、人間は、不運にもこうした非常事態に陥ったとき、周囲にも気を配れるようでありたいと願う。