あとは野となれ山となれ

たいせつなものは目に見えないんだよ

軽くて爽やか『素敵な日本人』東野圭吾著

世の中は全然爽やかではないが、東野圭吾さんの9つの短編集『素敵な日本人』は軽く楽しく読めるものばかりだった。

 

ちょっと星新一さんのショートショートを思わせる雰囲気のものもあり、ミステリーとしては軽すぎてもの足りないと感じるファンもいるかもしれない。どんでん返しもこの程度では満足しない人も多いかもしれないが、どの作品も思いがけない展開もあり、読後感も気持ちよく、爽やかな読書だった。

 

正月の決意

子供たちが独立したあとの夫婦二人、書初めのあと初詣に出かけると、神社にはなぜか下着姿で頭にけがをした町長が気を失って倒れていた。第一発見者として警察の執拗な質問を受ける二人・・・。

 

十年目のバレンタインデー

作家として成功した男が、十年ぶりのバレンタインデーに昔の彼女に誘われてレストランに出向く。始めのうちは楽しい思い出話をしていたのだが・・・。女性の正体、そしてプレゼントの箱の中にはなんとチョコレートならぬ〇〇が!

 

今夜は一人で雛祭り

妻を亡くし一人暮らしの主人公。独立して働いている娘が結婚することになった。相手の親は東北のある県の大きな総合病院の経営者で、仕事にやりがいを感じると言っていた娘が、仕事をやめて多忙な医者の妻、名家の長男の嫁の役割を果たすよう求められる。姑で苦労した妻を見ていた主人公は、そんな娘を気遣うが、おとなしいと思っていた妻について、娘は意外な話を始める・・・。

 

君の瞳に乾杯

昼間から場外馬券場に通う男。そこで偶然出会った大学時代の友人に、数合わせのため合コンに誘われる。出かけたその合コンで、向かいの席の女性とアニメ好き同志ということで意気投合する。カラーコンタクトで瞳を大きくしているが、なかなか可愛い女性だ・・・。

これは結構意表を突く展開が楽しめる。

 

レンタルベビー

実際の子供を持つのは不安という人のために、レンタルの赤ちゃんロボットで疑似育児体験ができるという話。夜泣きもうんちも容赦ない赤ちゃんロボットに、エリーは音をあげそうになるが、アキラの援助もあってだんだん慣れ、しだいに強い愛情を感じるようになっていく。既定のレンタル期間を終え、担当者にも愛情たっぷりのママだと保証されるが、エリーは意外なところにこだわっていた。

そうくるか!と驚いていると、さらにたたみかけて・・・思わずニンマリしてしまう、ありそうな近未来のお話だ。

 

壊れた時計

闇サイトで「ちょっとばかしヤバいアルバイト」を請け負った男。ある部屋に行って指定の品物を取ってくるだけの仕事だったはずが、いないはずの住人が突然帰宅したため起こる事件・・・。

こんな仕事を引き受けるくせに、妙に律儀と言うか几帳面な、ちょっと間抜けな男の話。指定の品物が意外。

 

サファイアの奇跡

猫にまつわる物語。父親を事故で亡くし、ダブルワークで家計を支える母親に育てられている未玖(みく)は、ある日神社で猫と出会う。イナリと名付け仲良くなるが、突然イナリは彼女の前からいなくなる。

寂しい少女と猫の交流。いっぽうで、周囲の人間を不思議な運命に導く珍しい青い毛を持つ猫の物語が語られ、二つが交差して・・・。

 

クリスマスミステリ

売れない劇団員黒須が近頃やっと芽が出てきたのは、人気脚本家樅木弥生に愛されたからだ。だが、黒須は15歳も年上でしかも我儘な弥生とそろそろ手を切りたいと思い始めた。策を練り完璧に作り上げたはずの自分のシナリオに、黒須は逆に苦しめられることになる・・・。

 

水晶の数珠

役者としてアメリカで成功することを夢見て、九州で地元の政財界を支える父親の反対を押し切り、勘当されて日本を飛び出した直樹。その父親が危篤だからと姉に説得されて、しぶしぶ戻ってきた日本で直樹は不思議な体験をする・・・。

 

巻末を飾るにふさわしい感動編。読み終わってもずっと温かな余韻が心を満たす。この一編を読んだだけでも、この本を手に取って良かったと思った。

 

ところで、たいてい短編集は、作品の一つのタイトルが書名になることが多いのだけれど、この作品の『素敵な日本人』というのはどこから来たのだろうと気になる。それぞれの登場人物が、素敵な日本人なのだろうか。

 

確かに、誠実すぎたり真面目だったり几帳面、控えめ・・・といった人たちの物語が多い。でも、これらは「過去の日本人」の属性かも知れない。いまや日本人は嘘つきで記録も取らず大言壮語して・・・。いやいや、これらは一部の悪目立ちしている上層部の人たちの属性か。

 

 

真面目で誠実であることで割を食う世の中は、嫌ですね。

 

 

f:id:yonnbaba:20200620153030j:plain