あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

コップの中の嵐か『平成大家族』中島京子著

『小さいおうち』の中島京子さんの作品。と言っても、私はこの作品を映画では見たものの、小説はまだ読んでいない。映画もとても良い作品だったが、原作はその何倍もいいとのことなので、いつか読みたいとは思っている。

 

ただ、同じ著者の『彼女に関する十二章』は読み、感想も書いている。それからやはり原作未読だけれど、NHKでドラマ化された『やさしい猫』もこの著者の作品だ。うっかり在留期限切れとなったばかりに、過酷な状況に追い込まれるスリランカ人とその日本人妻の物語。移民や外国人労働者問題を考えさせる、良質なドラマだった。

 

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今回読んだ『平成大家族』は結構深刻な現代日本の問題も含みながら、コミカルな筆致で楽しく読める。大学の後輩と共同で経営していた歯科クリニックを、2年前に「勝手に定年退職」した緋田龍太郎は72歳。中学生から15年ひきこもっている長男克郎はいるものの、6歳年下の妻春子とその母親である90歳を過ぎ少々頼りなくなってきたタケとともに、穏やかな暮らしをしていた。長女と次女が相次いで出戻ってくるまでは・・・。

 

長女の逸子は夫の事業が失敗して自己破産し、一人息子を私立の中高一貫校に通わせていたのだが都立高に転校させ家族で実家に転がり込む。次女は新聞記者の夫とうまくいかなくなり、大阪転勤まではついていったが、沖縄支局を希望した夫にこれ以上はついていけないと離婚して実家に戻るが、なんと、早々に身ごもっていることが分かる。しかもお腹の子の父親は21歳の芸人の卵だという。

 

こうして、緋田夫妻、姑、ひきこもりの長男、長女一家3人、次女の8人のてんやわんやの日々が始まり、さらに姑のところにヘルパーとして通う若い女性もからみ、それぞれを主人公にした連作短編のような形で綴られる物語だ。

 

作中で、龍太郎の囲碁仲間で春子さんに淡い思いを抱いているらしい元大学教授の川島氏が春子に語った言葉は、鋭く現代の世相をとらえている。

 

戦後の日本人が敷設してきたレールが、ここ十年(作品は2008年出版)ほどで一気にがたがたになってしまった。お子さんたちはみな、明日の定かでない日々を生きざるを得なくなりました。そのくせレールにしがみついた者が勝ちで、外れた者が負けだと、負けるのは負ける者の責任だと、身も蓋もない論理がまかり通る。ふざけた話ではありませんか。奥さんまでもがそんなものの犠牲になって、自分の生き方や子育てを責める必要はないのです。理念なき資本主義を垂れ流すように推奨し、ケインズも知らない若造が国会議員だという。どう考えても間違っていますよ。奥さんの悩みはひとりで抱え込むべきことではないのです。日本人すべてが分かち合うべき課題です。

 

「トロッポ・タルディ」とか「アンファン・テリブル」、「時をかける老婆」、「不存在の証明」「吾輩は猫ではない」といった各章のタイトルも興味深く洒落ている。