あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

春よ来い

今日は七十二候の菜虫化蝶(なむし ちょうとなる)とか。朝の天気予報では名古屋の最高気温は19度で、まさに春らしいポカポカ陽気になるとのことだった。けれども3時前に見守り当番で外に出てみると、風が強く思ったほど暖かくはなかった。これでは菜虫も蝶になりそこないそうだ。

 

今はまさに、歩き始めたミイちゃんのように春を待ち焦がれる気分だけれど、あと3、4か月もすれば、暑さをうらめしく思うようになることだろう。今はいまの、三寒四温の日々を味わっておかなければ・・・。

 

とかく人間はないものねだりをしてしまいがちだけれど、ないものをあげつらって嘆いても、少しも良い気分にはならない。自分自身もだが、周囲の人の気分にも影響する。

 

年をとると身体の機能が衰えていく。耳が聞こえなくなった、足がふらつく・・・と、私自身にもあるが、身近な先輩高齢者に嘆くことしきりの人がいる。残っている機能でできることを楽しみましょうと励ますが、性格的なものもあってなかなか受け入れられないようだ。

 

持って生まれた性分を変えることは難しいが、できるだけ早いうちから、ちょっといい加減な人間になる努力をしたほうがいいのではないかと、これは自分が高齢者になって非常に思うことだ。

 

いろいろなことをきちんとやれていた人は、自分で納得できる程度までできなくなった時、情けなさやもどかしさを感じてしまう。もともと適当だった人なら、気にもしないようなことで。

 

若い時なら、理想に届かない悔しさがばねになって高みを目指すエネルギーにもなろうが、高齢になると、あまりプラスには作用しない気がする。へたをすると、認知機能の低下という避難場所に逃げ込みかねない。

 

人のふりから学ばせてもらって、なるべく適当に生きるようにしている。なあんて、怠惰な自分の言い訳でもあるが・・・。

 

さて、のんびりを決め込んでいられた冬が終わって、これからは草も伸びる。怠ける言い訳ばかりしていないで、そろそろ庭いじりも始めないといけないな。

 

 

コーナンTipsさんのサイトより