あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

不用品の戸別収集を依頼

春は私のような気分による人のほか、進学やら転勤やらで移動を余儀なくされ大きなゴミが出てしまう人も多いのだろう。戸別収集受付センターに大きなゴミの収集依頼の電話をしたら、一度目は「只今電話が非常に混みあって・・・」のアナウンスで、掛け直すように言われてしまい、二度目はつながったけれど、今は混雑していて一番早い回収日で5月8日とのことだった。

 

今までにも本棚・ソファベッド・食器棚など何度も利用しているけれど、今回は、ウッドカーペットの使用で畳の部屋がなく、20年以上登場の機会のない5枚組座布団と、母が長寿祝いで市からいただいた紫色の座布団、不用となった羽毛布団1枚を回収していただくことにした。

 

この母の長寿祝いの座布団だが、持っている座布団さえ全く出番がないのだから、必要ないのは分かっていた。それでも拒否することもできず、仕方なくいただいた。案の定、一度も使うことはなかった。

 

高齢者施設で働いていた時、当然この長寿祝いの対象となる人は多く、毎年のように毛布だ座布団だと届いたけれど、たいていはリネン室に直行。時計は対象者のベッドサイドに置いたりしたが、しゃれたデザインで文字盤の文字が小さく、高齢者には時刻が読めずあまり役には立たなかった。

 

そして祝いでいただくお菓子は、高齢者が飲み込みにくい餅だったりして、食べる時にはスタッフの注意深い補助が必要で、敬老施策はけっこう現場の負担になっていた。税金の無駄遣いだと感じていたので、超高齢社会となった近年の、長寿祝いの対象者の年齢引き上げや、祝い品の簡素化は当然だと思う。

 

物のあふれる時代になって、お祝いやプレゼントを選ぶのも難しくなっているが、それでも、結婚式の引き出物やら季節の贈答品やら企業の粗品やらが、家庭にどんどんたまっていった昔に比べると、生活がシンプル・スマートになったように思う。

 

それに比べて、政治の世界だけは旧態依然・古色蒼然・保守退嬰・・・。いつまでモノやお金を贈りあったり、公共の仕事の周りに余計な甘い蜜をまとわせたりという、醜悪でおぞましいことを続けるのだろう。

 

ネット投票などの投票のスタイルもさることながら、選挙運動のスタイルも、もういいかげんアップデートされてもいいのではないだろうか。

 

 

アタシのご飯もアップデートしてニャ! (猫事典!さんのサイトより)