あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

言葉あれこれ

今朝開いたネットのサイトでつい気になってクリックし読んだのは、小島慶子氏の女ことばに関する記事だった。

 

mi-mollet.com

 

いつも読んでくださっている方はご存じだろうけれど、私は女ことばが好きである。小島さんによれば、女ことばは明治時代あたりに意識的に「女らしい」「お上品」として作られた言葉なのだそうだ。

 

だから、私が江戸時代あたりから生きていたら、「・・・だわ」「・・・のよ」なんて言い回しを聞いて、「まあ、軽薄なはやりの言葉遣いをして!」と思ったのかも知れない。けれども、私はそういう時代を知らず、小津映画などに登場するような女性たちの言葉を心地よく聞いて育った(実際の私の周囲は三河弁の世界だったけれど)。

 

そうして、この小島さんの文章の冒頭部分、仕事中に突然PCが壊れて作成中の文章が消えてしまったような時、「まじか! ざけんな、なんでだよ?!」という言葉は私の使用語彙の中にはないので出てこないはず。「えーー、うっそー!」くらいだろうか(貧弱?)。

 

小島さんの仰っていることもよく分かる。女ことばなどに縛られたくないと思う方が、その方なりの語彙で話すことは尊重したい。けれども、人の言葉を聞いて快不快を感じたり、時としてその言葉から相手の背景などを想像してしまう自由も私にはある、と思う(それを安易に吐露してしまわないよう注意は必要だが)。

 

家族のだんらん、気の置けない仲間うち・・・などでは、それぞれにさらに楽しさを盛り上げる言葉遣いもあって当然だが、仕事の場や公共の場となれば、おのずとふさわしい言葉遣いがあると思うし、その使い分けがきちんとできる人はやはり有能だと思う。

 

以前紹介した仕事ができて話し方も美しい素敵な女性:

yonnbaba.hatenablog.com

 

 

冒頭の小島さんの記事を紹介していたヤフーニュースのサイトに寄せられたコメントでは、結構女ことばの良さや美しい言葉遣いの大切さに言及する意見が多く、私としてはほっとする思いがした。

 

誰かの機嫌を取るための女ことばは必要ないけれど、使っている自分が心地よい言葉でしゃべりたいものだと思う。

 

 

蛇足ながら、12年前の今日も言葉のことを書いていた。こちらは話し言葉でなく熟語の読みだけれど。

yonnbaba.hatenablog.com

 

 

花のそばに行くと必ず気取ってポーズを取ったオーガスト