あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

野球場移転予定地の見学会

友人に誘われて、野球場の移転予定地の見学会に参加した。早くから天気予報では雨の予想になっていたので、雨の心配ばかりしていたが、いざ始まってみると、スタート時こそちょっと傘が必要だったが、途中から雨傘は日傘の役割に変ってしまった。

 

なぜ豊橋球場が移転することになったかと言うと、今までにも何回か書いてきた新アリーナ建設のためである。市では豊橋公園内に新アリーナ建設を進めているが、その場所が家屋倒壊等氾濫想定区域を含んでいることが分かり、当初計画の場所をずらすことになった。

 

しかしその場所には現在豊橋球場があるため、今度はその球場を海沿いの総合スポーツ公園の一角に移転することにしたのだ。しかしそもそもその総合スポーツ公園が、標高0.5メートルなどという部分を含む低い場所にあって、南海トラフ地震津波の心配がされている場所なのだ。現在そこにある総合体育館は着工時液状化対策として2600本あまりの縦坑を掘削し、地下水を抜き取ったり大量の特殊基礎杭を打ち込んだりしているというような場所なのである。

 

今日の見学会でも、昨夜から今朝の雨程度で、全行程の3割ほどは水が溜まっている道を足元に気をつけながら歩く状態だった。当初通行予定の道が水に浸かっていて通れず、やむなく迂回して進んだ部分もあった。

 

こんなふうに水がついている場所がたくさんあった。

 

新アリーナを豊橋公園内に建設することに反対するグループでは、このような危険な場所に子供たちの使う野球場(豊橋には別に豊橋市民球場があり、年に一度のプロ野球の公式戦などはこちらを使用)を移すことを憂慮し、反対の理由の一つにしている。

 

今日は実際にその場所を自分たちの目で見てみようという企画だったのだが、雨上がりだったこともあって、いっそうこの場所の水に対する脆弱さが感じられた。もともと海だったのを埋め立てた土地であり、見渡す限り高台もなければ避難タワーがあるわけでもなく、津波の時には逃げる場所もないだろう。

 

市議会では既存の野球場を津波の浸水想定域へ移す方針を問題視する市議の質問に、危機管理統括部長は、「災害と付き合いながら生活し、人類は今まで生き残って来た。ある程度の被害はやむを得ない中で亡くなった人もたくさんいる」と答えたそうだ。

 

地方も中央も、ものごとがみな「関係各方面が儲けられるか否か」で進んでいくようで、空恐ろしい世の中になったものだと思う。そしてその儲けを生み出すためにつぎ込まれるのは、庶民ほど大変な思いで納めている税金なのだ。

 

 

予定地に行く途中で渡る二十間川。今日の参加者は30名弱。おそらく平均年齢が70歳を超えるであろう参加者たちには、暑さの中少々厳しい1時間半だったが、百聞は一見に如かず、の見学会だった。