あとは野となれ山となれ

たいせつなものは目に見えないんだよ

貴方の胸にもきっと届く『君が残した贈りもの』藤本ひとみ著

高校2年生の上杉和典は、全国模試でも数学は常にトップで、自分の生涯は数学に捧げようと考えている。そんな彼が、夜の公園で異様な雰囲気で座る同学年の片山悠飛を見かける。野球部のエースで4番、文武に優れる片山は和典も一目置く存在で、不思議な雰囲気に気を引かれながらも、声をかけることは出来なかった。

 

それからしばらくのち、その片山が亡くなったと聞く。骨髄異形成症候群という病気だったという。そして彼が野球部内に亀裂を生じさせてまで、未経験者の大木を捕手に据え、育てようと躍起になっていた。大木は運動神経こそ良さそうだが、素行もあまり良くなく、無神経で周囲の気持ちを逆なですることも多いため、チームの中で浮いている。

 

自分の命に限りのあるような状態で、片山はなぜそんな男に入れ込んだのだろうと、和典は片山の思いを知ることにのめり込んでいく・・・。

 

高校野球がかなりの比重を占めているが、よくある甲子園の感動物語ではない。むしろかなり批判的な視点で、現在の高校野球の問題点を指摘している。数学の才能に恵まれた上杉、野球の申し子のようでありながら学問にも秀でる片山、どちらも裕福な家庭に育っていて、かたやもう1人の主要人物大木は、かなり問題の多い家庭の育ちで、このあたりにも現代日本の格差の問題が提示されているように思う。

 

しかし、小杉家も片山家もあまり幸せそうな感じはない。狭い家に大勢の家族がひしめく大木家は、和典も初めのうち座ることもためらうほど不潔で馴染めないのだが、だんだん心地よさを感じていく。

 

自分の数学を磨き、いつかリーマン予想に挑み世界中の研究者のトップに立つことだけを目指して周囲に関心を持たずに生きてきた和典が、片山の思いをさぐるうちに、友人たちに力を借り、大木の家族と深くかかわるようになり、いつしか自分自身に変化が生まれ、将来の目標まで変わっていく。

 

格差社会や甲子園を頂点とする高校野球の問題、そして詳しく書くことは避けるが、大木の抱える問題など、現代社会のいくつかの問題を絡めながら、心を揺さぶる青春物語にしている。そして和典とともに、読むものに人が生きていくうえでの喜びとは何かについて考えさせる。

 

片山の人物像があまりにも素晴らしいが、やはり17歳で人生を終える人はこうなのかも知れない。13歳で終わった私の兄も、家族のことをこう言うのもなんだが、年齢よりはるかによくできた人だった。

 

自分の価値観を押し付けてくる母親に強く反発している和典だが、片山の思いを追いかけ大木家の人々と触れ合うことで一回りも二回りも成長し、きっと母親との関係に変化が生まれたことと思う。恵まれた才能を、より深く広い視点から実らせることも期待できそうだ。