あとは野となれ山となれ

たいせつなものは目に見えないんだよ

くっくっく・・・

著者の岸本佐知子さんは翻訳家だそうだ。浅学にして存じ上げなかったが、拝読している徳久圭さんのブログで、この方の『わからない』という作品の紹介を読み、そんなに面白いのか・・・と思い、そうしてなぜかこちらの『ひみつのしつもん』の方を生涯学習センターにリクエストした。

qianchong.hatenablog.com

 

昔随筆ばかりを好んで読んだ時期があったが、この20年ほどはなんとなく小説を読む、と決めていて、ほとんど随筆やエッセイの類は読んでいない。かなり久しぶりのエッセイ。で、これが確かに非常に面白い。時々声を出して笑ってしまう。落ち込み気味の今の私には大変ありがたい。

 

自虐気味のどうでもよい話がおもなのだけれど、なぜだろう、嫌みがなく素直に笑えて元気がもらえる。

 

かと思うと、「お婆さんのパン」のようにちょっと心に染みる話もあったりする。何年か昔、駅前の小さなスーパーで、袋詰めする作業台にパンを置き忘れたと店員に訴えるお婆さんを見かけたのだそうだ。

 

店を出た岸本さんをそのお婆さんが追いかけてきて、岸本さんがスーパーの袋といっしょに持っていたパンの袋を指さし「それ・・・」と言う。確かにお婆さんが店員さんに言っていた同じ店のパンだが、これは自分が買ったものだ。置き引き犯と思われたのが癪で、ついとがった声で「これは私のです」と言ってしまった。お婆さんはくるりと背中を向け商店街を夕焼けの方角に向かって去って行った。

 

そのあと岸本さんの中にはずっと小さくなったそのお婆さんが住んでいて、締め切りに間に合わないと苦しい言い訳をするなど、良心が小さくうずくたび現れ、とぼとぼと去っていく寂しそうな後姿を見せるのだと言う。

 

どうしたら小さなお婆さんは出てこなくなるのだろう。もう一度会って、あのときはあんな言い方をしてすみませんと謝れば許してくれるだろうかと思い、何度も駅前のスーパーやパン屋に行って探すがもう二度と姿を見かけない。

 

「などと考えている私の机の上を、今もまたお婆さんはとことこ歩いていく。立ち止まり、一瞬振り返ると見せかけて、お尻を片手でぺんぺんと叩き、行ってしまった」という終わり方が秀逸だ。これは『わからない』も読まなくては!

 

 

吉田篤弘・浩美さんによるイラストも楽しい。