あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

チャンバラ愛溢れる『スローな武士にしてくれ』追記あり

オリジナルはNHKBSで昨年3月に2時間枠で放送されたらしい。30分短縮版で先月総合チャンネルで放送されたものを、いつものように録画で視聴した。できれば、完全版でもう一度地上波で放送して欲しい。

 

 

主人公は万年斬られ役で2万回死んだと言われる俳優村田茂雄、通称シゲちゃん。元人気アクション女優の如月小雪水野美紀)を妻にしている。年季の入った殺陣は抜群で、彼に斬られ役をしてもらうと映えるからと、主役級俳優にも可愛がられている。なのに、なのに、超のつく小心者で、たった一言でもセリフを言おうとすると、声が裏返ってしまう始末でいまだ大部屋の斬られ役から抜け出せない。

 

ある日京都撮影所に、NHKから最新機材を用いた高画質撮影で、時代劇のパイロット番組を撮りたいという依頼が入る。そこで時代劇では定評のある国重監督(石橋蓮司)のもとに、ベテランぞろいの「国重組」のスタッフが集結し、主役までは予算を回せないからと、苦肉の策で、殺陣は抜群のシゲちゃんをセリフなしの主役にということになる。

 

こうして、幕末の池田屋事件を中心にしたドラマ『スローな武士にしてくれ』の撮影がスタートし、撮影所に最先端機材を積み込んだ巨大トレーラーがやってくる。大勢の技術スタッフを統括するのは、15歳までロスで育った帰国子女(男だけど)の田所(柄本佑)だ。アメリカ帰りながら、この男は、時代劇大好きの両親に育てられた、自称「じだオタ(時代劇オタク)」だった・・・。

 

とまあ、こんな具合に時代劇を愛しすぎて少々ボーダーを超えてしまっているような人たちが集まって作るドラマが、面白くないわけがない。劇中劇で新選組の名場面の撮影が進むのだが、随所に過去の作品への愛と尊敬がちりばめられ、くすっと笑えるユーモアが仕掛けられ、一瞬たりとも目が離せない。

 

全ての場面が名場面と言っても良いほどだが、特に、撮影所に自分の店の大福を差し入れに持ってきた小雪に、シゲちゃんと同じ斬られ役俳優の城ちゃん(中村獅童)率いる俳優たちが、いたずらで斬りかかるシーンは楽しい。水野美紀さんはすっかり演技派女優として貫禄さえ感じさせる存在になってしまったけれど、そういえばもとはアクション女優だったんだ!と感嘆させられた。

 

そして何と言っても、スーパースローで再現されても見事と言うしかない俳優さんたちの殺陣。ほんの3か月前、『きのうなに食べた?』の正月特番で乙女なおじさんを演じていた内野聖陽さんは、21秒で13人を斬るシーンを始め、もうどこをとっても圧巻と言うほかなく、常に相当な鍛錬を積んでいるであろうことがわかる。

 

映画ドラマ好きにとっては、撮影の裏方の様子が見られたり、ドローンを使った空陸一体撮影の様子などが見られるのも楽しいし、ハイスピードカメラや世界に4台(だと思った)しかないというジンバルカメラなど、NHKが巨費を投じたのであろう最先端の機材が見られる。

 

なお、体力のいるこのジンバルカメラを扱うのは、元水泳選手の藤本隆宏さん演じる「ラオウ」というハリウッドでも引っ張りだこのカメラマンという設定で、これが最後のシーンの楽しいオチにつながる。

 

いよいよ明日は山場の「池田屋階段落ち」のシーンを撮るという日。大部屋で一緒になった長年の友のシゲちゃんと城ちゃん。「楽しい夢も明日で終わり、またしがない斬られ役の日々に戻る」と言うシゲちゃんに、「おまえは自分がいかに幸せか分かってない!」と城ちゃんはくってかかる。「明日おれは本気でおまえを斬りに行くからな」と言う。翌日の池田屋のシーンのクライマックスも、そこにつながるこの場面も、獅童さんが素晴らしい。

 

息をのむシゲちゃんと城ちゃんの、ワイヤーアクションも取り入れた階段落ちシーンの撮影も無事に終わって、「オールアップでーす!」の声とともに、もちろんご想像通りの、南佳孝さんの『スローなブギにしてくれ』の曲が流れて・・・終わる。

 

 

新選組の部分だけでも十分納得のいく時代劇になっただろうが、劇中劇のかたちをとることで、二倍も三倍も面白くなった。お金はかかるし、時代物のせりふや所作にたえ、さらに殺陣ができる俳優が少なくなって、いまや時代劇は絶滅の危機にある。先日テレビで、和傘を作る職人さんを拝見したが、いまやその方ただ一人しかいないということだった。時代劇は小物を作る職人さんも少なくなってしまっていることだろう。

 

このドラマの「国重組」のスタッフもほとんど高齢者ばかりだったが、技術の進歩が著しいので、撮影スタッフはそうした技術や機械が代わっていくのかもしれない。けれども、やはり面白い作品を作る原動力は、このドラマに出てきたような、「ばか」がついてしまいそうな情熱溢れる人間、なのではないだろうか。

 

新型コロナウイルス禍で、いま芸術や文化に関わる人たちも大変な状況にいる。マスクやトイレットペーパーのような必需品ではないかもしれないけれど、こうした文化芸術のない世界を想像すると、誰もが味気なさにぞっとするはずだ。霞を食べては生きていけないが、時に霞がかかる美しい景色に励まされて人は生きていくことができる。どうか政治に携わる人たちが、そうしたことをきちんと理解して、必要なところに必要な援助を届けて欲しいと願う。

 

 

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(写真はネット上からお借りしました)

 

【追記】

書ききれなかった面白いことが、まだいっぱいあります。

どうぞご覧になって、それぞれの感動ポイントやクスっとポイントを見つけてください。