あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

かっこいい男たちの物語『地の蛍(蛍は旧字)』内海隆一郎著

素朴なタッチの装画が物語を象徴している。舞台は岩手県、会話文の大半は朴訥とした東北弁である。昭和15年から20年までの、戦争を背景にした物語だ。

 

国情は徐々にひっ迫してきて、それまで燃料としては見向きもされなかった亜炭が重要な資源として脚光を浴びるようになる。主人公の岡村寛次郎は、岩手に新たな亜炭鉱山を開発するため、東京の本社から送り込まれる。

 

慣れない土地で、岡村は他社に気取られぬよう、細心の注意を払いながら仕事を進めるのだが、そのためには土地のことに通じ人脈もある人物の協力が欠かせない。家族を東京に残し単身で赴任した彼は、岩井(舞台となる架空の地名)駅前の旅館に起居する。

 

到着早々その旅館に現れた佐忠という男は、口ごもりながらもいきなり給料の3か月分に当たる150円を用立ててくれと言う。初対面の男に会社の金を前貸しするのに躊躇するが、結局岡村はその男を信じ用立てる。そして、この佐忠という人並みはずれた分厚い肩と胸を持つ寡黙で義に厚い男は、岡村の頼もしい右腕となる。

 

この他に、岡村の周りには、旅館の先代である老人やその碁仲間の老人、人力車夫の清水、朝鮮人の鉱夫金城といった人たちが集まってくるのだが、この人たちが実に魅力的だ。いったいどんな背景を持ってこのような頼もしい存在になったのか・・・。ぜひとも続編なりスピンオフの物語なりを書いてもらいたいところだけれど、残念ながら著者の内海隆一郎さんは5年前にお亡くなりになっている。

 

満州や南方の戦地の話、内地であれば空襲や原爆の話、疎開先での物語などいろいろ戦争にまつわる作品を読んできたが、この物語はそれらのどの作品ともちょっと違う。終盤で少しだけ防空壕を掘ったり、艦砲射撃とか空襲といったシーンも出ては来るが、舞台の岩井の地にはあまり戦争の直接的な影はない。

 

亜炭という燃料としてはB級品であったものが、戦争によってスポットの当たる表舞台に躍り出た事実と、その背後にいた人間たちの苦闘を描くことで、戦争のむごさを浮かび上がらせている。

 

もしも私がこの作品を映画化するなら、岡村よりも周辺の男たちを軸にして描いてみたいと思う。先にあげた人たちも良いが、もっとも興味深いのは、旅館の女将の兄だ。この人物は岡村の仕事に横槍を入れてくる、土地のやくざ上村組の長であるが、かつて早稲田の学生時代に危険思想に関わり検挙されたこともある。釈放後も地下に潜って活動したが、関東大震災の2年後、尾羽うち枯らして帰郷したという男だ。

 

やがて結核が重くなっている彼のもとに特高警察の手が伸びてくるが、岡村たちの機転で匿い、彼らに看取られて息を引き取ることになる。インテリからやくざへという、まさにドラマチックな人物だ。

 

競合他社と駆け引きしながらの鉱山開発、若い働き手がどんどん徴用されていく中での鉱夫の手配、日本人鉱夫と外国人たちとの悶着、待遇のひどいよその炭鉱から逃げてきた者を匿いながら働かせる危険、落盤事故など、岡村の上に次々と襲いかかる難題を、頼もしく魅力的な男たちの協力で乗り切っていく物語は小気味よい。思いがけない辛い結末が待ってはいるけれど。

 

 

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