あとは野となれ山となれ

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「失敗イコールダメじゃない」というオリンピアンの話

昨日は木曜日で日本語教室の日だったけれど、地区の中学校の青少年健全育成会の講演会に、民生委員として参加しなければならず、休ませてもらった。

 

いつもなら卒業式や体育祭そして各種会議などで、年に何回かは足を運んだ中学校だが、昨年からコロナでほとんどの行事が中止になったため、実に久しぶりに訪れる。ほとんど畑の中という道をたっぷり20分は歩くので、雨だったらタクシーかなというつもりでいたが、幸い良い天気で、風は冷たいけれど、早足で歩いていくと体はぽかぽかと温まった。

 

講師はロンドンオリンピックの柔道60キロ級で銀メダルをとったという平岡拓晃さんという方だけれど、ロンドンオリンピックもほとんど私は見なかったし、長いことスポーツ全般に興味も失っていて、名前も顔も存じ上げない。

 

オリンピックで三連覇を成し遂げた野村忠宏さんを破って北京オリンピックの代表となりながら膝の怪我を押して出場、結果初戦敗退となり、かなりのバッシングを受けるという経験をなさったそうだ。

 

ここで落ち込んで挫折しかかったが、母親の乳がんが契機となって、再びオリンピックを目指し努力を始めたとのこと。その時に自分に課した、目標を作ることやそこに到達するための方法、達成した後になりたい自分をイメージすることなどの細かなやり方を中学生たちに話した。

 

講演のあと休憩をはさんで、柔道部の生徒たちを相手に実技の話や実際の指導が少しあって終了した。

 

私は耳が悪いうえ、講師がマスクをしていることもあって聞き取れない部分もかなりあったが、やはり筑波大学で教える仕事をしている方らしく、プロジェクターを使って動画や図をふんだんに使った話は手慣れた感じだった。

 

ただ、オリンピックでメダル獲得というかなり希少な経験をした人が語る「目標」は、それだけで高い目標を意味しがちだと思うので、そのあたりへの配慮があればもっと良かったなと思う。特別な存在であらねばと思い込み、自分探しの旅で苦しむ若い人が少なくないように思うからだ。

 

たかだか十数年の人生しか生きていないうちは、それほど特別なことも起きないので、人生とはそうした平々凡々とした日々がずっと続くと思いがちだ。そのため、自分の人生が平凡に終わるなんて我慢ならない、普通なんてつまらない、何事か成し遂げたい、特別な人になりたいと願う。

 

けれども、そんな特別輝かしい人生を送れる人はごくまれだ。だけれども、40年、50年と生きるうちに、平々凡々とした人生を送る人もまたまれだと知る。輝かしい特別ではなく、思いがけない試練が、誰の身の上にも降りかかってくるのが人生なのだと思い知る。

 

何者かにならねばと強く思っていた真面目な人ほど、その厳しい現実に打ちのめされ、特別になれなかった自分を責めがちだ。

 

映画『ボクたちはみんな大人になれなかった』にも、そんな若者がたくさんいた。でも、60歳だの70歳だのとなると、「フツー」の素晴らしさをつくづくと知る。何事もなく暮れる一日の、なんとありがたいこと。

 

 

若い時に大望を抱くのは悪くない。夢に向かって努力するのも素晴らしい。でも、誰もが夢をかなえられるのでもないし、かなった後の人生が必ず良いものであるかどうかも分からない。ただ、その目標に向けて積み重ねた努力は、決して無駄にはならないはず。大切なのは、どんな人生でも、成功であれ、挫折であれ、フツーであれ、その中からどれだけ喜びを見出せるかということだろう。

 

 

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苦労や喜びを分かち合える相手がいれば最高だニャン♪

(画像はネット上からお借りしました。出典不明)