あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

味わいとりどり『チョウセンアサガオの咲く夏』柚月裕子著

読み終えてぞわっとするものから、心温まる作品まで、11作11色の短編集。一番長いもので42ページ、あとはほとんど12ページというごく短い物語ばかりなのだけれど、どれも濃密で読みごたえがあり、ずっしりとした読後感が味わえる。

 

チョウセンアサガオの咲く夏

献身的に母親の介護をする女性三津子。体が弱いうえにけがなども多く、手のかかる子供だった自分をいつくしんでくれた母に感謝して、今度は自分が恩返しをとの思いだったが、もしかすると、母も自分も、気づかない思いを心の底に抱いていた?

 

泣き虫(みす)の鈴

42ページの、一番長い作品。貧しさ故10歳で奉公に出された八彦。大人たちの分からないところで、意地悪な先輩の小僧に辛く当たられる。逃げ出したいほどの時は、家を出る時母が持たせてくれた鈴の音を聞いて自分を慰める。ある日3人の瞽女がやって来る。一人は自分と同じくらいの年齢の子供で、しかも目はほとんど見えないと言う。自分以上に過酷な運命をけなげに受け入れているその少女に出会ったことで、八彦の心に起きる変化をとらえた、しみじみとした味わいの物語。

 

泣く猫

放蕩に暮らした母が死んだというので、その後始末にやって来た娘真紀。新しい男ができるたび、自分を放り出して消えてしまった母だった。母のアパートには、たった一人ホステス仲間のサオリが線香を上げに現れる。アパートにやってきた猫は、真紀の母親がいつも餌をやっていた猫だと言う・・・。

 

ヒーロー

柚月作品のおなじみの登場人物である、佐方貞人検事が登場する。しかし本作の主人公は事務官の増田のほうである。高校時代の柔道部の顧問だった人が亡くなり、その葬儀で柔道部のエースであり増田の友人で会った伊達と、マネージャーだった木戸彩香に会う。伊達は大学に柔道で推薦入学したが、事故のために柔道が続けられなくなっていた。あざなえる縄のような人生の機微を描き、大切なものに気付かせてくれる、最後を飾るにふさわしい一編。あまり登場はしないが、佐方の言葉が重みを持つ。

 

 

ぞわっとする作品はあまり好みではないのだけれど、温かい作品や意表をつく作品も収められていて楽しめた。柚月さんのいろいろな傾向が楽しめてお得感満載。