あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

のんびりほっこり『隠居の日向ぼっこ』杉浦日向子著

漫画家で文筆家だった杉浦日向子さんのエッセイ集。2005年9月の発行なので、亡くなってすぐに出版されたもの。私にとっての日向子さんは、NHKの『コメディーお江戸でござる』の解説者だ。漫画も著書も読んだことはなく、作品に触れるのは今回が初めてのことになる。

 

お得意の江戸時代の食べ物や生活雑貨を、春夏秋冬の季節ごとに分けて、原稿用紙2枚弱ほどの簡潔な文章で紹介している。平成12年から13年にかけて、朝日新聞に連載されたものらしい。各季節12、3編で全50編、すべて著者の挿絵付きだ。

 

季節は春の「踏み台」から始まる。木でできていて台形で正面に円い穴が開いている、一定の年代以上の方の記憶には残っているであろう、あの踏み台だ。

 

おそらくこれがまだ現役で働いているというお宅はないのではないか。

 

古い踏み台の裏にはある年月日が筆で書きこまれていて、それはその家の竣工日で、筆跡はその建築に携わった、一人の若い大工さんのものだったとか。踏み台は親方から若い弟子へ課された腕試しの仕事で、合格すれば、建て主に竣工の記念に贈られたのだという。

 

「四方転び」と呼ばれる四角錘の踏み台は簡単ではなく、前面に空ける円や扇面などの切り込みは、鋸が滑らかに引き回せてこその装飾で、思いのほか技術の度合いが現れるらしい。もちろん、しっかりできていなくては、建て主さんが転げ落ちて怪我をしかねない。あの踏み台にそんな背景があったとは!

 

こんな調子で思わぬ蘊蓄話に出合って得した気分になったり、「はいちょう(蠅帳)」「蚊帳」などでは懐かしい我が家の一場面に記憶が飛んで行ったり、のどかだった時代を想像したりで、楽しくゆったりした時間を持つことができた。

 

私より7つも若いのだもの、まだまだお元気で活躍していらしてもよいはずなのに、46歳で亡くなってしまうとは、なんとも残念。