どうしてこの本につながったのか。どなたかのブログで知ったのだったか。分からなくなってしまったが、しばらく前に市民館にリクエストを出していて、「届いています」という電話をもらい先日受け取ってきて読み始めた。
古き良き時代を思い出すようなお店だからと、「うしろむき夕食店」という通り名で呼ばれる夕食店。店主は20歳から年をとらないことにしたと言っているが、その3倍でもきかないと思われる年配で、渋い着物に割烹着で白髪をきりりとまとめた姿は紺色の暖簾を背にすると絵画のように映える志満さん。昔は芸者さんだったらしい。
この夕食店(志満さんによれば、洋食店でもレストランでもなく、家庭の夕食のような、洋食も和食も混ざり気取らずほっとする料理を出す店)を舞台に、一話ごとに訪れる客を主人公にして紡がれる連作短編集になっている。
客として登場した人たちが、また別の話の登場人物とつながっていたり、新たに知り合いになったりして、温かな物語がゆっくり静かに広がっていく。
最初の話を読んでもうこの作品の世界にすっかり魅了され、もっともっと読みたいという気持ちと、大切にゆっくり味わって読みたいという気持ちがせめぎ合った。今日は読み始めて三日目なので、ゆっくり・・・という気持ちがまさった結果だろうか。
一の皿はラジオのパーソナリティー彩羽が主人公の「願いととのうエビフライ」
二の皿は製薬会社のМR宗生が主人公の「商いよろしマカロニグラタン」
三の皿は植物好きが高じて生花店を開いた父親を手伝う貴璃が主人公の「縁談きながにビーフシチュー」
四の皿はいつか骨董店を持ちたいと夢見ながらバイトする透磨が主人公の「失せ物いずるメンチカツ」
五の皿は夕食店を手伝う孫の希乃香が、志満さんに頼まれ、行方不明の自分の祖父(志満さんの初恋の相手)を探すお話「待ちびと来たるハンバーグ」
この5作品は「キリンビール公式note」に掲載されたものを加筆修正、そして最後の「おまけの小皿」は単行本化にあたっての書下ろしだそうだ。この「小皿」の語り手は八百屋の禅さんだろうか。
お料理はどれも本当に美味しそうで、お酒や飲み物との調和も魅力的で、もしも魔法が使えたら、このお話の中に、この人たちの中に、入っていきたい!と思ってしまう。
2020年に『縁結びカツサンド』でデビューされたという冬森灯(とも)さんは、まだWikipediaでも見つからない新進の書き手のようだけれど、この作品を読むと、言葉を丁寧に選んで書いていることが良く分かり(本作の中では「懐が広い」だけが残念だったが)、また素敵な作家さんと出会えて幸せな気分になっている。