あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

この時期にピッタリな『キャロリング』有川浩著

題名といい装丁といい、この時期にピッタリと思い手に取った。

 

 

「こちらを向いた銃口にはまるで現実感がなかった」というハードボイルドタッチで始まるが、読み終わってみれば、この装丁のイメージのような、美しくて愛らしいものを小箱に詰めてリボンをかけたような物語だった。

 

主人公大和俊介は、不遇だった子供時代から世話になっている、母親の幼なじみである西山英代の経営する小さな子供服メーカーで営業職をしている。学生時代にアルバイトに行って、就活時期にスタッフの一人から冗談のような内定通知をうけとり、そのまま社員になってしまった。

 

社長の英代の他にデザイナー2人、営業が大和の他に1人の、社員5名の小さな会社だが、「エンジェル・メーカー」の名にふさわしいフリルやリボンを多用した夢のあるデザインが一部の需要を呼んでいた。しかし主要取引先の大型量販店の閉店で経営に打撃を受け、年越しを待たずクリスマスに会社を閉めることが決まっていた。

 

子供に関わる業種として母親たちをサポートしたいという英代の希望で、3年前から事務所内にスペースを確保して始めた学童保育は、新興ベッドタウンという立地も幸いしてかなりの収益を上げていたが、それも本業の倒産とともに閉めることになって専従者もやめ、利用者には同業者を紹介したりして、通ってくる子供ももはや6年生の田所航平一人になった。

 

そんな状況のもと、大和とデザイナーの柊子(とうこ)がかつて結婚寸前まで行きながら、互いの生い立ちの違いから亀裂ができ別れたことが語られ、航平の両親の別居騒動にからんで不穏なことが周囲でおき始める。

 

借金の取り立てに現れるチンピラや、その兄貴分など悪者も出てはくるが、皆不運な人生を抱えており、働く悪事にも手加減というか抜けたところがあって憎めない。それでも様々な行き違いがあって間抜けな悪事が徐々に深刻な様相を帯びてくる。

 

主人公を「大和!」と呼び捨てにしては叱られる生意気な少年航平は、両親の不和の間で心を痛めており、一緒に暮らす母親にも本心は言えず、「わたる」という架空の少年を主人公にした物語をノートに書きつけ、心の平衡を保っている。この少年と大和の交流がとてもいい。「子供は嫌いだ!」と言いながら大和の子供の扱いは見事で、結末もちょうど良い所に着地し、温かなクリスマスプレゼントのような小品にまとまった。

 

人生は思うようにいかないことが誰の身の上にも起きる。その数が少ない人もいれば、なぜこの人にばかり・・・と思えるほど重なる人もいる。けれども、本当の運・不運は、その思うようにいかないことの数ではなく、大和にとっての英代、航平にとっての大和、のような人に出会えるかどうか、なのかも知れないと思う。