あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

自分ならどんな人格が出現?『わらの人』山本甲士著

どうにもタイトルの意味が分からず、検索をかけてみるとこんなサイトがヒットした。

 

lecoledefrancais.net

 

昔、ダスティン・ホフマン主演で『わらの犬』という映画があった。『わらの女』も『わらの犬』も、主人公の隠れていた人格が現れてくるという所が共通しているようで、この作品のタイトルもそんなところだろうか、とも思う。

 

例に挙げた2作品はちょっと恐怖を感じるミステリーだけれど、この作品はそれとはまるで違って、おおむねほのぼの系統の気持ちの晴れるお話だ。著者山本甲士さんはそうした傾向の作品を書く方らしい。

 

6つの短編からなり、共通しているのは三十前後の女性が一人で経営する理容店。各編の主人公が普段の行きつけではないこの店をひょんなことから訪れて、マッサージの巧みさに思わずうたた寝をしているうち、思いもかけない髪型にされてしまう。それから起こる不思議な日々を描いている。

 

眉の巻

三十歳を目前にした須川沙紀は、私立の学校法人に勤める事務員だが、気弱な性格のため後輩の女性にも舐められ、上司にも嫌な役回りばかり押し付けられている。そんな彼女が居眠りから覚めると、髪型こそイメージチェンジをと覚悟で選んだものだったが、眉がすっかり変わっていた!

 

黒の巻

主人公が目覚めると、どこか知らない山の中にいた。どうやら山の斜面を転がり落ち、記憶をなくしているらしい。着ているウインドブレーカーのポケットに小銭はあるが、自分の身元が分かるようなものはなく、左手小指は第一関節から先がない。途方に暮れて警察に行こうかと思うが、なぜか頭の中で警報が鳴る。自分はやましい世界で生きていた人間ではないかと判断した男が、くだんの理容店で完全に「筋者」にしか見えない髪型にされ・・・。

 

花の巻

春休みにちひろが祖父母の家に遊びに行くと、おじいちゃんは仕事を退職し無為な日々を送っていた。おばあちゃんと祖父の誕生日祝いを買いに行ったちひろは、作務衣を選ぶ。それを着て理容店に行った祖父は、お坊さんのように頭を刈られて戻る。それから祖父は町内会に参加を始め、なぜかそれまでの無気力な日々から抜け出していく。

 

・・・とこんな具合に続くのだが、私は4つ目の、就職浪人をしている女性真水(まみ)が主人公の『道の巻』が特に心に残った。県庁や市役所に就職したいと頑張っていたが、県庁はコピー費の水増しなどによる裏金作り、市役所は大規模なカラ出張や交通費のごまかしがニュースになり、真水は幻滅する。

 

ならばと、大学の先輩などを頼って民間企業への就活に方向転換するが、先輩を頼って行った先々の企業で、現実の醜さに直面する。この真水が理容店で金髪のベリーショートヘアになり、父親の経営するうどん店を手伝い始めるのだが、客が自分でうどんを茹で、トッピングをのせて蛇口から出汁を注ぐ、ファストフードのような店を軽蔑していた彼女が見た父の仕事・・・。

 

 

確かに人の印象の中で、髪型から受けるものは大きいかもしれない。そして、案外人間は装いで気持ちが変わるものだ。ボーイッシュな服装をすればきびきびした行動になるし、エレガントな服装をすればしとやかな行動になる。こうしたことは、女性なら多くの人が経験しているのではないだろうか。

 

この物語のように夢うつつで同意した自覚なく、他者によって思いがけない自分を提示されたらどうだろう。しかもそれまでの生き方に行き詰っているタイミングだったなら・・・などと想像してしまう。

 

実際にこの物語の登場人物のように別人にならないまでも、いろんな生き方があること、自分の気持ち一つで変えていけるんだと、励まされるのではないかという気がした。それにしても、この理容店に出合ってみたい気がする。